通信

<通信>

2010.10.11(月) 20:53 ~

自らの はたらきをしない ままに
あれこれ と 手を ひろげ
よさそうな ところばかりを
ひきよせようと する やからの
いること

きを つけ なされ
うまそうな しごと には
うらで イトひく ものがいる
きを つけ なされ
自らの はたらきを 放棄するものは
おのれの 身をも 汚(ケガ)したまふ

ひとがひとを つかおうと すること
そこに 一方的な 思いの 存在して
そこから ひとは 道を 外れはじめる

この道は 天のみち 地のみち
そして ひとのみち
ばけものに つかわれるものは やがて
ばけものに くいつくされる
おのれ の よく という おそろしき
ばけものに おのれの 身を 捧げつつ 生きる
人間の おろかさ よ

身の程を 知れ
身の程を 知れ

天の 地の 人の 怒りを 知れ
自らが とうときもので あることを
卑下せしめるものに
この道をくることは 能ず
謙虚であることと
傲慢であることの
すりかえは 一瞬にして 起こるのである
謙虚であることと
傲慢であることの ちがいとは
みずからの道を 歩むるものにしか
真の意(イ)は 開示されぬ

身の程を 知れ 身の程を 知れ

大道(おおどう)を 歩くるものと
小道(こみち)を ゆくものの ちがい よ
こそこそと 自らの はたらきを 放棄し
自らの なすべき仕事に 手を つけぬまま
うつくしきものをも うばいつくそうとする
その 心根の ありしものやは なにで あるのか

悔い改めを せぬ その道に
ともる 光は 魔の 光

魔にも 光 ありて ぞ と
伝えられて いる もの に
なぜに 人は おのれの 見たいものばかり
見る

真実を 求めるもの と
歩むる道を たがえしもの との ちがい は
そこに 集約 される

澄んだ 目で 見よ どこまでも 澄みとおった
目で 見よ みずの ひかりの すみきりた まなざしで
みよ 

そう 伝えるもの ありて
おさなきものの ごとくに 無垢な 瞳に よりて
見るものに あかしされる 光

子どもの方が 神に 近い
その 長き(永き) 生の 中で
己の闇の中に つみかさねられた
悪と 正と 神と 人の
すべてを ただす とき
そが この 時代であり
最後の 審判で あり
ひとのこ になる
という ことである

わかったものから
上がっている
それだけの こと
ここは 完全な 正義の 世界

甘き幻想の 物語を つくろうと
するものは 闇へと 沈むだけ
そして 閉ざされる だけ

はたらくものの
じゃまを するな
ぶらさがると
最後に 落ちるのは
結局 自分で あることを
そして その 責任を
誰に おしつけるのか を
かみは てんは
じっと 見ている
今 この時も すべてが
しるされ しるされ
おのれの たましいに 残された 時間が
刻一刻と
魔界のために
もたらされていることに
気づくものは
そのようなことを
する はずがない

魔界からの 警告として
届け たまわん

2010.10.11(月) 21:13 終

魔界の イシキ体 たりしもの
かつて 神として 存在した
もの より

(何かございますか?)

魔界のものとて
かつて神として存在した経緯を
もつものによりて
その格 役目 役割 身の程
等々については
むしろ 厳しく 厳正に
取り扱うものである が

格なきものが 格あるものの 如くに
ふるまう 無礼千万の
その 傍若無人振りに
我慢が ならぬ
身を 売りて 生きるものの
たましいを ひきわたして 生きようと
するものの
その 神をも 知らぬものとする
傍若無人振りに
耐えられぬ
神を 超えることが
許される もの は
きちんと その 順序を ふみて
その場へと つきしもの のみ
自らの 担いたものを 負いて
順を 追って その道を
たどりし もののみ
許されぬもの
たましいに 刻まれて
審判の 時を 待たん

魔のものと 雖も
正しきものは 知る

人間の 世界とは
多少 ルールが ちがう

開示 されるもの ありて
はじめて
かわるもの なり

2010.10.11(月) 21: 26 終

魔 たる イシキ体 より

コメントを残す