奇跡のおと

2010.8.6 の S・B・M広島サロン で
私は 奇跡の音 が生まれる瞬間に、立ちあうことができました。

それは、 ひとりの人間である、今を生きる チェリストが 存在すること、
そして、 これまでに 多くの作曲家・演奏家が存在し、
彼らが残した 遺産 があり、
そして、 ある種の神秘の領域が存在すること、

それらの要素が 新たに統合され、ひとりの チェリストを 通して、
この世に、新たな音が現れた瞬間でした。

まさに奇跡のようなこと。でも、これこそが「理」なのでした。

その瞬間、またその後の音楽談義を通して、
「これこそが、サロンというものであろう」という、
すばらしい時間を過ごすことができました。

mさんの チェロをきいた後は、 耳 が 冴えかえる ので
『最終知識』に 耳 を 近づけると 音 が きこえます。

その音は、すべてを貫いてながれる 基音 であり
通奏低音 でも あって

ひとりひとりの 人間の 生 というものは
その 変奏(ヴァリエーション) なのかも 知れない。

人生は 物語 で あるように
音楽 でも ある のでしょう。

すばらしい 体験でした。
広島サロンのみなさまをはじめ、このような機会を設けてくださったすべてに、
感謝いたします。

そして、20世紀の音楽家には、戦争や国家と向き合い、
祖国を離れた人々も少なくないことを思う時、

イエスからの2000年という、今の時代とあわせて考えると、
彼らの戦争も、まだ終わってはいないのかも知れないと、思いました。

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