通信

<通信> 2010.7.31(土) 11:22 受

ひろのしま の いのり
ながいさき の ひかり

ひかり たつ いのり の
その ともしび

マリア の いのり
イエス の はは なりし もの の いのり

はは の いのり
子 の いのり
ひとびと の いのり

しずかに いのる その ひとびと の
こころ の なか の みくに
あらわされる その みくに

てん の みち あま が みず
くだされる その いのり の みち

子を おもふ はは の みこころ
その あい と いのり

とこしへ に つづく
はは なりし もの の
いのり
よろこび に かわる

その いのり の 先 に
さく はな の
てん の みち
ゆらぐこと なき
てん へ の みち
かみがみ の あがる みち
あまがみいづ くだされる
みち

よろこび の ひかり
いのり の ひかり
いのり の ひかり

そ は この せかい に
おいて
もっとも うつくしき もの の
ひとつ で ありま しょう

はは の おもほひ
イエス を 見上げた
マリア の おもほひ
ひ , ひ ,
ともしび の ひかり

ひかり は とこしへ に
いのり の さき へ
とどく もの
てん の みち
あま が みづ
くだされる

consecrated water
consecrated salt
consecrated oil

oil は 油そそがれ
salt は 地の塩であり
water は 和し、浄めるもの

そのもの を このば へと
たずさえ とどけきた
イエス の はは マリア の
よろこび と いのり

はは の いのり
はは の いのり

このほし を ささえ きた
ちちなる コンジン と
ははなる トヨクモノ の
ひかり うけつぐ
このクニ の 方々 へ

あなた方にしか
お伝えできなかった もの が
ここ に ある そのこと の
イノリ(意宣り・意則・意乗り・祈り・意の理 … )と こへ の
おもひ を こへて
宇宙 を こへて
たどりつかれし
この ほし に うまれたこと の
イミ を
知らされた このこと の
この先 に ある 天 の りょういき

その みち を 知らされた 
その こと の イミ
はは なる もの と ちち なりし もの の
子 の うけひ の よろこび と
かなしみ

ひろしま の ナガサキ の
そして せかいじゅう の
たたかいに よりて 涙 ながす
ものたち へ の 鎮魂 の ため の
祈り の うた

 はは は わが子 を 戦場へ 送る
 ちち は すで に 戦さ場 に 死す
 残された ものたち は
 幼な子 と 老いたる 母親 のみ

 子を 送り出した その おんな手 に
 かぞく の 生活 は かかって いる

 はは は いのる

 ああ、どうか 無事に あの子が 帰って これます ように
 そのためで あれば 私の 命を さしあげても かまいません
 どうか おねがい です あの子 が 無事 に
 この 村 へ 帰って くること が できます ように…

 しかし やがて その村 にも
 戦火 は しのび より、 子 の 帰る はず だった 家は
 あとかた も なく 焼かれた。
 子 は はは と 幼き きょうだいたち の おもかげを いだきながら、
 やがて 戦さ場 で 命 を 落とす。

その せかい に やすらぎ は あるのだろうか。
いのり の さき に こたえる もの は いたの だろう か。

この ほし の 人々 の 負う 傷 は
あなた方 ひとりひとり の


痛み

ある。

その おわり
おわらせて
次の 時代へと 進む ため に
争いの 種 では なく
光の 祈り の
種 を まく ため に

みことば と いう
とどけられたる 種子 の
ひかり の 芽 を
いぶき 育てる ため に

consecrate された
すべて の もの たち が
ひかり やどし
その 光 が
周囲 の ともしび と なる

こころ に うつる ともしび は
目に 見える ともしび と 同じ ように
いえ、 むしろ、 なおのこと
暗き 時代 を 生きる 人々 の
希望 と よりどころ に
なる でしょう

あなたがた の ともしび は
ひとの こころ てらす ともしび
やさしく あかるき
ぬくもり の ひ

ひかり いのり の ひかり
その うつくしさ は
まんてん の 星の ごとく に

この ほし の 人々 の
心 を てらす こと でしょう

おそれ を うむ もの は
なに で ある のか
サタニズム との 戦い に
勝つ ため に
その おそれ を 知る 人々 よ
ともしび の ひかり

悪魔 は サタン は
イエス を 知って います

それゆえ に 彼ら は
イエス の ことば に よって
去る のです

その こと は すで に
記されて います
地上に はるか 以前 から
おかれて います

それを おわらせ
それを 超えて
あたらしき 人々 が 扉 を
ひらく 時代 なのです

そのため の 『知識』 も
すで に 届けられ ました

いのり の 意味 も 方法 も
すで に 明かされ ました

何の ために、 と
問うことに よって
自ずから 明らかになる その 光 の
みちすじ の
歩む 人々 の 最先端 に
あなた方 は 存在 する のです

あなた方 の 行く 道 が
後から 来る 人々 の ため の
新しき 道 と なる のです

そして その中 で
光による 経済 光の 循環
光のサイクル に よる
動力 の 開発
いわゆる 「永久機関」 と いわれる
ものさえ 開発可能 に なること
でしょう
そのための 人材配置 は すで に
なされて います

天 は うごきます 定められた
とき の とおり に

地 は 呼応 します 天の
はたらきかけ に こたえて

そのとき あなた方 人間の
創造力 と 知力 と
愛 と 勇気 と 正義 が 発揮される
よう、 準備 を して こられた 存在 を
あなた方 は 知って いる はず です
それ を 愛 と 呼ばずして
何と 言えば よい ので しょう。

あなた方 いとし子 に
チャンス を 与え、 地の 底に 去った
とうとき 存在 の
復活 の とき

その 愛 に こたえられる ように
尽くす もの こそ、
御国 を ひきつぎ、
進化 の ため に
この 道 を 選び とった
方たち なのでは ないで しょうか

とき は まいり ます

約束 だから です

そして 裁かれ ます

そのこと を 望み、
この 時代 を 選んで 生まれてきた あなた方 に
届けられた もの の 意味 と
かわる ものの ない その
いと 高き(貴き) 志 と 愛 の

ひかり に

はじめ より の 約束 を
果たす とき が くる
その よろこび を 胸 に
堂々 と

トコタチ の 子 として
恥じる こと なく

天 へ 向かって
祈り を とどけて ください。

天 は あなたがた の
おとずれ を 待ちつづけて
いたのです

平成22年7月のおわり に

クニノトコタチ
トヨクモノ
イエス・キリスト
聖母マリア
ムハンマド
その他 多くの 意識体を
知る 存在 
<理> と よばれし

「積さんを司るもの」 と
告げられし 存在 より

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