通信(光文書Vol.180に関連して)

光文書Vol.180で取り上げていただきました<通信>を掲出させていただきます。

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2010年3月25日(木) 2:56 解析開始

イエスというひとつの ひとり から はなしておきたいのは、
その身のいみをよく知って、
イエスというひとのひ、ひとのさばきをなさざるゆえの、そのひかりのみち、
うけひのみちを まっとうされることの いみを かんがえ、実行し、
あい、というものを、
あい、という とうとき みひかりを、やみにおちるもの、として
もちいるのではなく、ひかりとして、あいとして、あかるいものであることのいみを
おもいだし、その身に宿りしものであることのいみをおもいだし、その身に宿りし
わたくし イエスという ひとの ひかりが、あらたな
いのり を うむものであることの その 重要なうけひ、
あいを知るもののうけひと責任を、このばにおいて
はたされることのいみを、しること、つぐことについて
わたくしのまいた種のめ(目・芽)のふくこのときに、
ただおつたえいたしたかった。
かなしみのゆえは、こえゆくものであって、
わたくしのいのりといかりは、あたらしき世をひらくための、ひかりである。
イエスであることはかなしきことであり、しかし天というものをしり、になう
その責任という十字のクロスのおわりをしるものにとっては、
天へといたるひとつのはしのようなものである。

このようにして、わたくしのことばをつぎつたえられませる
神々の子、神の子、そして ひとのこ という ひとつの
大いなる光の流れの中にあって、わたくしという
ひとりの ひとのこが、存在したこと、それは
愛、であった。

そのことを、おつたえいたしたかった。

ぶどうの木の、枯れることのなき、とこしへの実り、
収穫の日々のよろこびを、わたくしも ともに
祝うものであることを、あなたがたと ともに、
常に わたくしは存在し、その苦も 重さも
くるしさを、ともに担うものであることを
おつたえくだされ。
十字架、というひとつのあかし、しるし、
だれかをそこにかけるのではなく
負いて、わたくしと、この光のみちをすすまれんとされる
あいある方々へ、このこえを、このことばを、
ゆうきのみちのひとつのしるべとして、おつたえくだされ。

ヤーウェ(やわた)をこえ、ひとつの時代、わたくし を
十字にむすんだときを おわらせしために、はたらかれる方々のために、
はるかなときをこえ、わたくしもともに、祈りをささげます。

わたくしの用意した、このあいのせかいのみちを、
どうぞ完成させ、次へと、おすすみなさい。

西暦2010年3月末  パスカを前に 置く <イエス>

3 thoughts on “通信(光文書Vol.180に関連して)

  1. motosasa 投稿作成者

    今回の経緯について、補足させていただきます。

    3月22日(月)18:30頃より、左脇腹に痛みがあり、東京のTさんに関連すると感じられるエネルギーと併せて、イエス様が悲しんでいるお姿が出てまいりました。
    徐々にイエス様の悲しみは深くなり、涙を流されるようになりました。エネルギーの文字化を試みましたが、その時点では反応がありませんでした。
    Tさんがどのような状況にあるのかは存じませんでしたが、3月24日(水)午前、Tさんにイエス様のご様子について連絡いたしました所、何か気付かれる所がおありになったようです。その後、徐々にイエス様のご様子にも変化があり、文字化もでき、普段のお顔に戻られました。それが、この<通信>でございます。

    光文書に公開していただいた内容は、この<通信>を文字化した後の出来事になります。

    なお、私は「イエス」と名乗られる意識体と、このようなはっきりしたコンタクトを持ったのは今回が初めてでした。非常にもの静かでお優しいお方でした。

  2. motosasa 投稿作成者

    なおこの<通信>の解析にあたって、「オリーブ油をあなた自身に塗布するように」とのお導きがあり、頭部に塗布しましたところ、スムーズな文字化ができましたことを、ご報告させていただきます。

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