通信

2010年 (平成22年) 5月26日 の通信

<通信>

ウシトラノコンジン ノ ヒメ タル ミタマ
イマ カヘリコム カヘリコム (かへりこむ かへりこむ)
ナガキ ヨ ニ オカレ
フウイン(封印) とじ(閉じ、戸締)られし ミタマ
イマ カヘリコム イマ カヘリコム
うれしや うれしや
ノボリテ ノチ ハ うつくしく ツヨキ このち の マツリゴト
コンジン ト トモニ ツカサドリ
アラタナ ミヨ ノ マク アケ ノ イシジ ト ナリテ ノチ
コンジン ト トモ ニ ヒカリ ノ カナタ ヘ ト サル(去る)

ソ は 野 に おかれ タマイシ ヤマ に おかれ タマイシ

イシ タル ユエ(へ、ゑ) ノ ツナガリ の ありて
ひかれたまふ ひらかれたまう
この ニホン、 という 地 の ひらかれたまふ

めでたや めでたや うれしき こと で ございます
うつくしき このみ の みちあふれるがごとき
みづのみいづのよのうるおされ
コンジン コンジン そのつよきみの
くもの ゆたか の あまがみいづ くだされり

みは いづものにて
うつくしく そそがれ
けふまで このうつくしきみを まもらしめたまひた
ありがたき このみに
かんしゃの うたを うたひ たてまつります

うしとらの みよより いずる
はの ありて
ひらきし はなの うつくしく
りんより はじめて りとなりぬるは
ひらき ひろがり うつくしき みづ
みづより はじまる このちの ひらき
ひらき こえゆく その やまのねの
ねのねのそこより いでし うしとら
こんじん の つま とよくもの
ひらかれたまひて うつくしき とよ
とよ なりて とよ なりて
ならせたまひました この ひらきの おと の
りんとなる りと なりぬる をと
ちのそこより いま りんりんと なりたまふ

せいぎの すず の りんなりし おと
おそれることなく ひびきわたらせ
とよのくも と よばれし この 名 にかけて
わたくし の この クニ この タミ この ホシ の キボウの
ひかり の こら を まもらん まもらん

つよき ははご の うつくしく
はは は つよきものなり と
つたへられませる この ホシ の
ひかり の みこ の 愛らしき こと

とこしヘに とこしへに
なりわたりはじめた このりんなるおとを
たえることなく ならしめたまふ

このおとによりて ひらかれ めざめる このち の かみがみ
うつくしい ヒのモト ヒのクニ ヒカリのクニ の
ニホン の よあけ の ありがたき ことなり

————–

ひとのこの みなの おこによる あたらしき うつくしき
あらたな おりもの を 
おりあげられませるように
ウシトラノコンジン トヨクモノ の 二神(フタカミ)
おいのりいたします

そ より うまれ いでる あたらしき ひかり の やどる
あらたな みよ の おこ たち に
すばらしき おくりもの おおくりたまいませ
はは なりし わたくし の せめてもの イノリ と ネガヒ に
ございます
ありがとう ございました

平成二二年五月二十六日 午後二時八分
< トヨクモノ ノ カミ >

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