「明日」を前に

精神学をとおして、与えられる(到達することのできる)<能力>とは、まさに「愛」であると先日気づきました。
そして、正会員プログラムは、“自ら学ぶ”という機会を与えられるものであり、「愛」そのものであると感じています。

「愛」というのは、過去へと向かう、原初の暗黒へ戻るものではなく、原初の一点 <ソのトキ> に存在した、“進む”ことへの意志そのものであり、やがて物質宇宙をこえて、“無”であり“空”である領域へまでも広がり続ける、限りなく、しかし一人の人間の「生」という時間軸においては限りのある、意志を持つベクトルであるのだと、知ることができました。

「知る」ことがはじまりであり、目的そのものでもあるのでしょう。

聖書の一節と同じように、精神学を学び得られるものは、まさに「自分自身が望んだもの」に他なりません。光の領域の一端を垣間見る機会を与えていただき、また様々な領域の多くの存在に「家庭教師」のようにお導きをいただき、その「教え」の正確さ、エレガントさは、まさに光の美しさでした。

今こうして精神学を学び、聖母マリアがかつておっしゃったように、わたくしのようなはしためにも能力を与えていただき、感謝とともに感じることは、<人間とは本来、このような能力を持ち、それを発揮することが自然な状態である>ということです。

<勇気を持って進まれよ われら 守りたまわん>

まさに今、このことばを届けられた、「ルシフェル」となられたその存在に、こころからの感謝と御礼を。やっとこの日が、来たのです。

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