精神学と「愛」

精神学は、美しい。

芸術作品のように、
数式のように、物理学の定理のように、
自然と同じように、

美しい。そしてほんとうに、優しい。

やっとわかりはじめてきました。

たしかなものなどなにもない。
たしかなことは、ただ、
変わりつづけているということだけ。

愛は、空気と同じように
ふだんは存在していることさえ、意識せず、
忘れてしまっている。

でも、愛はいつもここにあって、
私はずっと愛の中を歩いているのだけれど、
あまりにも、そのただなかにいるので、そのことを忘れてしまう。

私はその愛を、信じることができる。

4 thoughts on “精神学と「愛」

  1. suzushirosatori

    motosasaさんこんにちは。

    >精神学は、美しい。

    この言葉に感動して、勢いコメントです。
    私も常々、そんなことを思っておりました。
    「同じことを考えている方がいたんだ!」って、なんだかとっても嬉しくなってしまいました。

    美しいかどうかという観点で物事を考えるということがもっと重要視されてきたら、世の中ももっともっと素敵に変わっていくと思ういのですが・・・。
    おっと、この持論は自分のブログで展開することにいたします。

    motosasaさんの文章も、とっても美しく光っていました!

  2. motosasa 投稿作成者

    piyocoさま
    コメントありがとうございます。私も、同じ考えの方がいらして、嬉しいです。

    美しさの基準というのは、一般には個人の好みや時代背景などによっても変わるとは思うのですが、精神学には、やっぱりすっきりとした定理や木漏れ日を見る時と同じ、普遍的な美しさを感じます。

    精神学を学んでいるということは、その「美しさ」で物事を創ることを「担う」ことになっちゃうんですよね~(汗)

    私自身の文章はまだまだ「光は半分」ぐらいだと思っているのですが、ありがとうございます。うれしいです。

    piyocoさんのブログ、楽しみにしています。

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