地に足を付けて生きる

悔しいとか悲しいとかいう気持ちが、沸き起こること自体は間違いじゃない。

それがどこへ向かうのかが問題。

それを勘違いしている人が多い。

外に向いているうちは、絶対に成長しない。
なぜその感情が沸き起こるのか、自分を見ることをしないと見つからない。
そのためには自分の中心にいつも「自分」がいる必要がある。

それは、地に足を付けるということに繋がっていく。
地に足を付けて生きないと、軸がぶれて迷ってしまう。
自分の行動、生き方に責任を持つ覚悟を決めたら、だんだんと地に足がついてく。

スナフキンだって、彼は旅人だけど、地に足を付けて生きている。

地に足を付けるって、「自分は何をするか」を覚悟を決めて生きることだと思う。

そのためには、自分と向き合うこと。
どんな感情が生まれてきても、それは自分自身。
悔しかったり、悲しかったり、羨ましかったり、妬ましかったり、怒ったり、嬉しかったり・・・
全部ひっくるめて自分自身なのだから。
全部認めて「じゃあどうして?」ってその都度自分の感情に向き合うこと。
マイナスの感情よりも、実はプラスの感情の根っこを掘る方がずっと難しい。
その裏側に、とんでもなく薄汚い自分が潜んでいることがあるから。

「自分が何をするか」覚悟を決めるときには、絶対恐怖がわいてくる。
でも、それに打ち勝って初めて心の自由が手に入る。
得られるものはとても大きいし、実は失うものはとても少ない。
むしろ覚悟を決められない方が、失うものはとてつもなく大きいことに気づいていない人が多い。

安定した生活、仲の良い友人、素敵なパートナー、温かい心地の良い湯船につかったような生活を失う意味があるのか?

その問いには

「自分の望んでいた本来の人生」はそれなの?

と尋ねることで答えが出るでしょう。

自分と向かい合って、自分の感情はどこからきているものなのか考えたら、見えてくるものがきっとあるはず。

自分を否定しなくていい。
受け入れて、そこから成長すればいいのだから。