2月17日の金曜日に、数人の方にSEKIオイル『終末の秘蹟オイル』を塗る機会があり、身体の一部にも触らせていただいた。
その結果、わたしの内側で活性化してきたものがある。
分析してみたが、その正体はたぶん、内にある『原初の神のかけら』にほかならないだろう。
『自分が創造主であるという偽りの情報を持ち、ピラミッドの頂上に位置して、すべてを支配しようとする存在』
秘蹟オイルを塗り、身体に触らせていただいた人が、念の強い方だった。
男性で、支配的な傾向を人一倍強く持っている。そのエネルギーに接触することになったのだが、実はその傾向とエネルギーはすべての人間が持っている。
なぜなら、最終知識に書いているとおり、人間のうちには『原初の神のかけら』が封じ込められているからだ。
そのエネルギーの方向性に出会い、私のなかの同種の部分が活性化してきて、意識の表面へと浮上してきた。足が地についていないような不安定な感覚。居心地の悪さ。嫉妬につながる感情。不満と不安。猜疑心。
これらのエネルギーはすべて、自己を中心として考える思考から発生してくると考えられる。
他の人間から影響を受けたとしても、その元たる『原初の神のかけら』はわたしのなかにも厳然としてあり、それを正し修正できるのは光と闇を分離しようとする『わたしの自意識の働き』しかない。
不思議なもので、一晩眠れば、影響された部分はかなり小さくなった。わたしの意識と身体が、眠っている間に自律的にエネルギーを排出してくれたらしい。
『人間という存在は、どうしてこうも出来が悪いのか』
という思いが、強く、最近のわたしの意識上にある。
これは「自分が知らないことを、知っている」という、ソクラテスが説くところの『無知の知』にも繋がる思いなのだろうが、それにしてもくり返すが、人間存在とはなんと出来の悪いことか。自分の内側を分析してみて、強く思う。
自分にとって大事なことだと思い込んできたものに意識を取られて、過去にはどれだけの思いのエネルギーをそこに投入してきたことか。その背後には『原初の神のかけら』の方向性が、たえず反映されてきていたのだ。無自覚に、その思いを再現しようとする人間の力により、個人の人生も、それらの集合体である歴史も築かれていった。
この『原初の神』の特性とその指向性を正しく知り、自己の中にあるその部分をたえず抽出して排除していかなければならない。『原初の神のかけら』が、自分の内側にあることさえも知らないならば、新しいステージで働ける人間として目覚めることもできない。
この問題点は、『原初の神のかけら』を有する、地球に由来を持つ意識体に共通したテーマであり、これらを知り克服して超えていくためにビッグバン以来の137億年という準備期間があったと考えるなら、それらの知識を伝えられている現在に、肉体を持つ人間であることの意味は、果てしなく大きく重要だということになる。
限りなく、人間存在の出来は悪いのだけど、
人間が正しく自分の内なる神の物語を知り、それを人類全体の知識として継承していくことができるなら、今までとは別の歴史を歩むことが可能になるのだろう。
光と闇の合体物であることを、見据えていくしかない。
「50歳、60歳代の人には、この社会を変えるために働く義務がある。それより上は、自己の肉体の衰えと人生の終焉に向き合わなくてはならない。それより下は、自分と子供を生かすために働かなくてはならない。だから、いまの社会をつくった世代が、今度はその責任を取って、自分だけのためではなく全体のために働く義務がある。この年代には、そのために必要な経験値も、十分あるのだから」
ニュアンス的にはこのようなことを、本日、聞いた。
2013年というのは、20年に一度の伊勢神宮と、60年に一度の出雲大社の、ふたつの『遷宮』が重なる。
これって、本当にすごいこと。
伊勢神宮の遷宮は、生きているうちにもう一度ぐらいは出会えるかもしれませんが、出雲大社の60年に一度というのには、さすがにもうムリなんだろうなぁ。
ところで、先日、ミエルさんから連絡があり、4月の最初ぐらいに、師匠同行で出雲大社へ行くツアーを考えているといわれた。そういえば…と、記憶をたどってみれば、昨年12月のまつりぬし講座の最終回の打ち上げの時に、そんな話がでていたよね(行きたいと言い出したのはミエルさんだけど)。
私は一足先に、出雲大社の天井に描かれている『八雲』をみるための町内会のツアーに出席し、二年前に出雲大社に行ってきていたので、もうひとつ話に新鮮味を感じなかったんだけど、よく考えてみたら『2012年に、師匠と一緒に出雲大社へ行く』ということは、最終知識を読んでいるならまた別の意味があるということに気がつくはず。ただの観光であるはずないじゃん。
そうじゃないと、こんな話はでてこないはずじゃない?
ミエルさんからは、彼のブログなどで正式な発表があると思うけど、一応、前ふり(笑)。参加は、会員なら誰でもOK。会員外でもよかったっけ?一泊二日?現地集合?
当日は、わたくしは、レポーターに徹するから(笑)。
能力の高い通信者の方たちをぴったりマークして、精神界からの伝言やビジョン、実況中継をきちんと記録する予定。なんか、ワクワクしております。
これまでにない新しい分野・学問としての研究対象。
『精神界』
ほんとうに、すごい!
明けましておめでとうございます。
ついに2012年になりました。
例年のことを思って、1月1日になった頃に、サイトにアクセスしてみると、やはり『光文書』が、新しく更新されていました。
今年は今までの人生での経験や体験を、精神学を通して新しく認識しなおした知識にして、それらを応用していく時節が到来したということなのだと、深く思いました。
路上に出たばかりで、慣らし運転中ですが、
きちんと、『人の子』として在ることのできる人間になりたいです。
あれも、これもと、希望は大きいです。
本年もよろしくお願いいたします。
※写真は昨年、家族に加わったとら(柄)の子たちです。
かなり大きくなりました。

12月18日に、
わたくし 精神学協会会員である小野真子は、
精神学協会祭主の資格を得ることができました。
マツリヌシ講座の実施にあたり、会員のmotosasaさんを通じて、精神界から情報とご指導を戴きました神さま方をはじめ、ご協力いただいた仏教界や各宗教界の方々、眷属神の方々に、こころより御礼を申し上げます。
『ありがとう ございました』
祭主としては、まだまだ新米でございますが、これまでご教授いただいた感謝のご挨拶を述べさせていただくとともに、これから始まります実際の活動にも、精神界よりご協力いただけることにこころより御礼申し上げます。よろしくお願いいたします。
精神学協会正会員
小野 真子(おの ちかこ)
やっと、新しい生活のリズムができてきたように思う。
10月26日から、同居を始めた義母(姑)との距離のとり方もわかってきた。
年寄りは、話がくどい。循環をくり返す。
同じ話を、延々とくり返す癖が多くの高齢者に見られる特徴なのだが、話の内容にいたってはその人間が持つ価値観・世界観を唯一のものと設定して、または錯覚して外部に表明にしているのに過ぎないのだが、「こうであるべき…」と思い込んでいる人間の語る言葉には、ある種のエネルギーが付加されている。それを聞きつづけると、こちら側にマイナスなエネルギーが移動してくるのだが、どうやら、それもある程度は浄化できるようになったらしい。
義母が語る話を聞いても、私の内側で反発が起きることが少なくなったし、語る内容に対し起る私側の感情をも冷静に分析できるようにもなってきた。私の内側の反応自体は、実は私の内側にそれらをピックアップして問題だと感じるような仕組みがある。言われたことを問題だと捉えるわたしの内なる働きがあるということを知る。過去の感情であったり、体験であったりしたものが、鍵状のフックとしてその部分を拾い出すように働くのだ。
その一方で、相手が無意識に押し付けようとするものを、受け取る必要はどこにもないのだと、自分自身が気づいてさえいれば、おのずと問題には発展はしない。
物事が発生した時には、感情で発言するのではなく理論的に説明し、早い話、私の好きなようにやらせていただくことに決めた。
何事も、やらない人間、行動しない人間や責任を取らない人間に限って、口だけは出したいというのが人情らしいが、その部分も冷静に対処させていただくつもり。言われないとわからない人には、はっきりということにするか、関係温存をしなければならない近しい親戚などの場合は別の方法で、まあ、丸く収めるように試みることにする。
今後の私の人生にとって、かなり役に立つスキルを磨くお勉強なのかもしれないと、楽天的に考えている。
そういうわけで、やっとブログを再会できるほど精神状態が安定してきた。
さっさと、意識も身体もレベルアップして、このクニに次の文明が定着するように全力で働けるようになりたい。八面六臂の働きが求められる時期に、自分の生活面で躓いている時間は、残されていない。
義父は、少しずつだがよくなってきている。
ソフト食だったのが、普通食になって、不自由になった右手に替わり左手を使って、多少ギクシャクしながらも、自分でご飯を食べられるようになった。ただ、右半身の麻痺はあるので、介助なしでトイレに行くことなどは、まだ先の課題になっている。
最初は、2人体制で、一日に何回か決まった時間にトイレへ連れて行ってもらっていたのだが、転院して半月ほどで1人体制でのトイレになった。また、左足だけを使って床を蹴り、車椅子を前進させることも出来るようになった。
ただし、夜間尿が多く、勝手にオムツをいじったりして、毎晩もれた状態になっているらしい。だから、トレーニングウエア、パジャマ共に、2組ずつぐらいの洗濯物が毎日でているので日参しているのだが、病院で勤務される方の仕事に対する姿勢には感謝しかない。手馴れているとはいえ、毎晩、身体が不自由な大人の着替えをすることはかなりの重労働であり、それは義父だけではないはず。きちんとした使命感がなければ、やり続けられない仕事だと思う。
昨日は、自宅から数キロのところにある『特別養護老人ホーム』の見学に出かけた。
義父母を、施設に入れる手続きをすることに迷いがないといえば嘘になるが、義父の介護認定度が『要介護5』として最高位に認定された今、自宅での介護は不可能に近い。
義母は、要介護1で認定されているが、総体的に見れば要介護3ぐらいの能力しかないように思われる。来年3月に再認定があるが、このままの状態が続くなら介護度は上がるだろう。
介護者は実質的には、私一人。自宅内もバリアフリーではなく、第一、養父母がゆっくりくつろげるスペースがないほどの小さな家なのだ。そして夫の病状も、油断はできない。
実家には、要介護2を受けている実父もいる。
こちらも何かあれば、長女である私が動かなくてはならない。
『すべてを抱えこまないこと』
リスクはできるだけ分散させて、未来を構築していくことにする。
ところで、小泉政権の改革以来、特別養護老人ホームは、特別でもなんでもなく誰でもが申し込める施設のひとつになった。だから、人気の高い施設には申し込みが集中しており、調べたところ、多いところでは200人から300人が入所待ちという事態になっている。
これは、宝くじを買うにも等しい。
これら施設への入所や利用も、それらの手続きをしてくれる、子などの身元引受人がいなければ難しい。終生独身者が増えている昨今には、あまり合致していないシステムになってきていると思う。
義父が脳出血で倒れたことで見えてきたのは、高齢者が等しく抱えている問題であり、これから死んでいく人間が、どのように自分の生を考えて、その幕引きをするかということにもつながる。
『老後の世話は、誰かがやってくれる』
『自分の死に方までを他人に委ねる』
という、他力本願な姿勢では、これから先の時代を乗り越えていくことはできないだろう。
準備は、要介護認定を受けてからでは遅い。
認定後に、よりよく過ごしたいと考えて、そのための椅子取りゲームに参加しようにも、すでに椅子の数は限りなく少なくなっているし、肝心の施設という受け皿の椅子自体が消滅しようとさえしている。
これから先に考えられるのは、既存の椅子取りゲームに参加するのではなく、べつの方法を見つけることだと思う。そう、考え出すのだ。その方法は、現在問題になっている幾つかの点をクリアしたものでなくてはならない。システムであり、人間の死や生き方に対する、別のアプローチの仕方になることだろう。
結局は、精神性の高さにつながっていく。
メリットもデメリットも、そして光も闇も認識した上で、それらを解決していく道を構築していく力。できれば、わたしのたましいと呼ばれる小宇宙のなかに創出してくれたらありがたいと願う光の道。
進化の道を、足早にわたしはたどって生きていきたい。
ライト治療院のハリポン先生の光針を、岡山サロンが開催した治療会で受けてきました。
受けたあとけっこう反動があって、今週いっぱいは、活動も思考もスローペースになっていたのですが、それらもそろそろ回復してきました。
最初の3日間は、背中全体が痛かったので、重ねて背中全体にS・B・Mオイルを塗ると、何かが抜けていく感じがするのですが、精神面は光針を受ける前、九州で散骨に参加した辺りから急激に落ち込んでいました。
『ほんまに役に立たないなぁ!』という、自分に対する評価が低迷状態で、久々のどん底に近い落ち込みを体験しました。
まあ、いまさら…という感はあるんですけど(笑)。
しんどい期間に、浮上してくるマイナスな思考が苦しくて、顔全体にSEKIオイルのフェイス用を塗って、ついでに頭頂にも同じオイルをたらして、しばらくしたら、それまでグルグルとまわっていた思いが、するするとほどけて、きちんとした思考になったので、あらためて『頭のなかのスピリチュアルなマイナスエネルギーを排除する効果がSEKIオイルにはある』ということを、実感したのです。
光針については、今のところはしんどい状態が元に戻っただけですが、ハリポン先生の話を意訳すると「許容量が広がる」らしいので、今後の成果に期待しています。
私のほかにも、何人が、光針を各治療会で受けていますが、評判は上々です(ただし、私と同じで初回は結構反動があったという話もあります)。
2012年から先を、意識も身体もベストコンディションで迎えるために、少しずつですが余分なものを捨てて、整えていきましょう。
先日、処理できないほどのマイナスなエネルギーを受けたときに、『秘蹟のオイル』を使った新しい浄化方法を見つけました。
一部のS・B・Mインストラクターには、電話などの口頭でお伝えしましたが、もっと詳しく知りたい方は、私の個人ブログのほうに、顛末を書いてありますので、読んでみてください。
もちろん、秘蹟のオイルさえあれば、インストラクターではない一般の方でも、自分の浄化に応用できます。
何かの参考になれば、幸いです。
毎月一回、S・B・M福岡サロンでは、ライト療法の治療会を開催しています。
以下、S・B・M福岡サロンの告知文です。
代理で、内容を掲載いたします。
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S・B・M福岡サロンでは、ライト治療院院長相良祐一氏(天才ハリポン)をお招きして、ライト療法による治療を行っております。
10月の日程は下記のとおりです。
日時 : 10月26日(水)10時 ~ 21時
27日(木)10時 ~
コース・料金 : ライト療法 1万円(初診料含、約30分)
光 鍼 1万円(約45分)
※ 光鍼をご希望の方は、必ず事前にご連絡下さい。
S・B・Mとのセットもおすすめです。
S・B・M 1万円(約60分)
完全予約制です。
お問合せ・ご予約は、お電話、メール、S・B・Mサイトのご予約フォームからお願いいたします。 ご予約の際には、ご希望のコースと日時をお知らせ下さい。
S・B・M福岡サロンのサイト
http://www.shinlogy.com/salon/fukuoka
【 S・B・M福岡サロン 】
福岡市博多区住吉2-15-35 ギャラリーいちき 内
TEL : 092-271-1011
E-mail : .(このメールアドレスを表示するには JavaScript を有効にしてください)
ちいさきもの
部屋の片づけをしていたら、昨年、宅配されてきた『夢みかん』の送り状を見つけました。配達していただいたのは、昨年の11月末頃です。
そう、あの驚くほどおいしかったミカンのことです。みなさん、覚えていらっしゃいますか?。
早速、ミカンを作っていらっしゃる和歌山在住の会員さんのところに連絡をしました。
今年は雨が、昨年よりか多かったようで、味のほうは収穫時にならなければわからないようです。
9月の台風12号による豪雨で、紀伊半島では相次いだ土砂災害がありました。ミカンの木も被害を受けたようですが、その記録的な風の中でも、しっかりと木にしがみついて残ったミカンがあります。
その残ったミカンのなかの、ほんの一部がブランド『夢みかん』として、選別されて収穫されます。
わたしは10月16日の『第五回マツリヌシ講座』の時に、その和歌山の会員さんにミカンの送り状(発送票)を持参してきていただくようにお願いしました。
今年も、あのおいしいミカンを食べたいからです。
いま注文しても、現品が送られてくるのは、11月末ごろになります。
お値段も、出荷時にならないと決まりません。
それでも、噂の『夢みかん』(10kg)を、一度は食べてみたいとおっしゃる関東地区の会員さんは、ちいさきものまでメールください。
(関西地区の会員さんは、大阪のマツリヌシ講座の会場で、ご自分で記入できます)
住所、お名前、電話番号、箱数、希望のミカンの大きさ(S・M・Lなど)を送ってくださったら、ミカンの送り状を代筆いたします。
メールアドレス S・B・M四国サロン shikoku@shinlogy.com
または、この画面の下の【chiisakimono】からメールをください。
※10月14日までにお願いします。

昨年書いた、夢みかんの感想です。
参考にしてください。
http://www.godbrain.com/mem…
こちらが、アドレスです。↓
ブログ「光の宇宙へいたる道」
http://ameblo.jp/chiisakimo…
chiisakimonoさま
その後、お義父さまのご容態はいかがでしょうか。快方に向かいますようお祈りしております。
それから皆さまへ
chiisakimoさんの「光の宇宙へいたる道」、とっても読み応えのあるブログです。特に精神学を学ばれている方には「あああーーーー!」と思うことが多く綴られているのではないかと思います^^
suzushirosatori さん(^^)
ブログの宣伝をしてくださってありがとう(笑)。義父は、少しずつ、リハビリの効果が出てきています。高齢なので、ほんとうに、少しずつなんですけれどもね。
それよりも、10月26日から義母が我が家に来ています。一人暮らしが無理になり(今までは義父が家事をしていました)、私たちと同居しているんですが、こちらの方がかなり精神的にキツイです(笑)。依頼心が強い人なので…。これからどうやって生活していくのかも、今後の課題になりますね。
これって、人生の試練なんでしょうか?。負けないですけどね(笑)。
近年にあった
夫の離職の時、重篤な病気が見つかった時、義父が倒れた時、ほんとうに「精神学に出会っていてよかった!」と思いました。
きっと何がきても、越えていくことができるでしょう。
では(^^)また。