長期の避難生活で、インフルエンザやおう吐下痢等が、ニュースで聞かれるようになりました。そこで、経口補水液のご紹介をします。
経口補水液とは、水と砂糖と塩を一定の割合で溶かした溶液のことです。水分補給の点滴の成分とよく似ており、身体にとっては「いのちの水」といわれています。ちなみに、和製経口補水液は、水分をたっぷり含んだお米(糖分)に梅干し一つ入ったおかゆを言います。その作り方を何かのお役にたてばと思い、ここに掲載します。
材料: 水 1ℓ
砂糖 40g
塩 3g
材料:トマトジュース(無塩) 300ml
水 700ml
砂糖 40g(=大さじ4と1/2杯)
塩 3g(=小さじ1/2杯)
オリーブオイル 1~3滴(オイルはお好みで…)
*水・塩・オイルは聖別されたものを使用し、軽くシェイクして飲用ください。(子供やお年寄りに好評です)
*ナトリウムだけではなく、カリウムも含みます。
3月12日急遽、車で東京へ向う。
(車は15万km走行している軽四で、10年前に購入したものです。)
出発するにあたり、聖別された塩を紙に包み車の四つ角に置く。2月22日に鹿児島へ行った折も、車の空間を整えたく聖別された塩を車内に設置し走行をしたので、今回も用意しました。乗車人数も荷物も走行距離(鹿児島ー岡山-東京)もほぼ同じ条件での走行となりました。
鹿児島の折は、車内空間の良さとエンジン音がいつもと違っていました。車にも意識があるらしく、車の指示により加速する等、アクセルに足を載せているだけ・ハンドルを握っているだけというある種の自動操縦のような感覚で、地形に関係なく一定速度を維持する状態でした。
今回の東京は、ガソリン確保をこまめに行いながら走行しました。給油可能なSAでガソリン補給をし、早朝東京ICを降り首都高速を避け、環状8号線から一路埼玉へ入りました。この段階で荒川を越えると、徐々にガソリンスタンドの供給不足がありましたので、補給。
この段階で片道700Km走行をしても、どうも補給量がいつもの走行より少ないことに気がつきました。
帰路もこまめにガソリンを補給しながら帰りました。帰宅して最終的な計算をしてみると、燃費がいつもより1割ものびていたのです。
今まで数知れず高速で色々なところに同じ車ででかけ、多少の燃費向上は見られたものの1割ものびることはありませんでした。鹿児島行きの車内空間の良さや自動操縦のような感覚、東京行きの燃費向上には聖別された塩の効果以外考えうる要素はありません。つまり聖別された塩により、車も聖別されているのではないかと考えています。
ももたろうの軌跡を、書き続けるものの、ブログUPまでにはこぎ着けず、すでに半年という時がたちました。しかし、時代はどんどんと進んでいるようです。そして、ここの所、何かに、間に合わせないと、という思いが上がる焦る日々の中、今日を迎えたようです。
昨年、岡山支部開設のおり、積さんに吉備津彦神社と吉備津神社がある吉備の中山を浄化していただきました。その西北へ20~30Km行った吉備高原南端に位置する、標高約400mに、「温羅伝説」に登場する、古代山城「鬼の城」が築かれています。眼下には古代吉備の中心地であったと言われる総社平野や児島半島、そして四国山脈も遠望できます。そして、本日その山頂にて、頂いたことばを記します。
吉備のくに ふたあけしのちは 、
代々に さかえる国なり。
黄金のくにジパングといわれしいみ
このちのいしずえにあり、
せんじんのおもい 解き つたえよ。
金色の和をもちて、生きし民のときを、
奪いし時代はおわり、
しん(新・神・真)の国づくりのはじまりなり。
本当に、はじまったようです。ももたろう、心改め、しんの国造りに頑張りますので、今後とも宜しくお願いたします。
支部立ち上げも無事終わり、その一週間後には次の勉強会が待っていました。八月最後の日曜日、九州での勉強会へ参加をして、翌日、九州のへそとも言われる、創建 悠久の太古(約一万五千年前からの起源がある)の幣建神宮へ参拝いたしました。本殿に進み、その次に天神木へ向き合った時でした。世界一の巨桧の前で、突然、頭の中に「あの時、みんなで約束をしたであろう。」という言葉がはいってきたのでした。と同時に、胸から溢れるものを感じ、声を抑えて泣いていたのでした。なんとも言えない懐かしい空間と、自分の今に至るまでの行ないにたいして、謝罪をしている自分がいました。そして、その境内の書き物を読んだとき、頭のふたが一つ開いたような気がいたしました。その内容は、
「この地は、悠久の太古、地球上で人類が生物の王座に就いた時、この人類が仲良くならないと宇宙自体にヒビが入ることになる。これを天の神様がご心配になって、地球の中心、幣建神宮に火の玉に移ってご降臨になり、その所に芽生えた万世一系のヒノキ(15,000年の命脈をもつ、日本一の巨桧)に、ご降臨の神霊がお留まりになった。太古の神々(人類の大祖先)は、大自然の生命と調和する聖地としてここに集い、天地・万物の和合なす命の源として、祈りの基を定められた。そして、世界五色の地球人類の祖神がここに集い、御霊の和合をはかる儀式を行ったという。その祖先が願った想いが、現在も息づいております。その和合の儀式を行っていたという伝承から、今でも地球規模で、この平和を願うお祭りが、毎年この地で、“八月二十三日”に執り行われております。」
と、いうことでした。まさにこの天神木の存在の意味が、私の生きている人生のテーマへと繋がり、支部設立日の意味への気づきができた瞬間でもありました。そして、八月二十三日の支部設立という日は、天の配剤として、準備はされていたということにも気づきました。
前にも書きましたが、私の人生の転換月はい、いつも八月でした。大きな事柄だけでも、交通事故や、母が去ったこと、、体調不良、夫婦の危機、見えない世界の存在を知ったこと。そして、一番大きな転換の、精神学協会の門をくぐったことでした。ですから、流れを振りかえっただけでも、生まれてきた意味を知るための旅は、すでに順序だてて始まっていたということになります。今、手元に子供のころに持ち歩いていた(読んでいたとは、言えないので)聖書があります。表紙裏などのメモ書きをみますと、子ども心に、本当に純粋に祈っていたのだというエネルギーを感じます。そして、その裏に、「神は、なんでこんなことをされるのであろう。」という、当時の気持ちも蘇ります。たとえ、源氏、平家と家筋は違えども、親子四人で平和に暮らしていた時期がありました。このような幸せを、なぜ取り上げるのでしょうと。しかし、人間が離散という方向へ進むのには、人間のエネルギーの混在によりそれが発生するという法則が、それなりにあるということと、また、神が取り上げたのでもなく、すべて人間自らが選択をしているという自覚も、最終知識と精神学協会での学びで、やっと知りました。五十年という時間の物語がないと、解かりえなかったという仕組みも自分のプログラム。そして、そのことを知ると、次は担うという事が、待っているということも。
嘗て、五色人が御霊の和合をはかっていたことを、人の魂の中には刻印されているはずです。なぜ、人はそれを維持、持続できないのでしょう。三輪山においても、「和合」というテーマは同じく、家族、社会、国、地球、・・・の礎となるものが欠け、最終知識的に言うと、地球はもとへかえせと言っている。「あの時、みんなで約束したであろう。」という声に、我を取り戻すことにより、担うという責任があることに、更に向き合うことへの、加速を増していっていたのでした。
続く
高松より戻り、春の芽吹きの勢いとともに、伊勢・出雲参りではないが、高松・和歌山と精神学の勉強会へ、毎月参加できるようになりました。その間、家族へは、今までの私の傲慢なやり方でのスピリチュアルな世界への勧誘は、今回はしないと心に決めて、通っておりました。このスピリチュアルの世界については、嫁いでからの色々なプロセスもあり、ある意味、今回こそは家族間との失敗をしたくないという思いと、正しい道筋を歩きたいという本能が、働いていたと思います。そのことにより、のちに何故か、毎月一人ずつ、家族が自主的に、勉強会への参加希望を言ってくるようになりました。私が変われば、周りが変わるの、第一歩だったのでした。そして、夏には主人が、初めて行ってみたいという意思表示をしたのでした。そこからは拍車がかかり、近畿、関東、中国、九州・・・と、二人三脚、三人四脚の勉強会参加となりました。
高松へ通うようになってからは、何故か自分の中で、九月までには勉強会を、十回は受講したいと、ノルマをかけるようになっていました。それは、その心のままに行動したことが、働くべきものとしての準備であったことであると、わかる日がきました。私が精神学を学ぶものとしていつか働きたいと心に思い、時々口にしていましたところ、受講も後半へ入った時、積さんより、条件付き(能力不足のため)での支部設立の承認をいただきました。それも人生の転換月と言う、八月二十三日の設立と決まりました。また、のちにこの日の意味が、解かる時がくることになります。
設立を前に、四国からの勉強の一連で、七月には高野山・奥の院へ参拝する機会をいただきました。初めて通る奥の院の参道では、まるで歴史の時空の中を歩いているようで、いろいろなエネルギーが混在していました。そして、空海さんが座している御簾の前で上昇をしましたところ、この地で修業をされた先人の方々のエネルギーが背中に張り付くように集まり、これはまずいと思い、身を改め再度上昇をしなおしました。この時はじめて、精神学協会の精神界における位置を、肌で自覚できる勉強をさせていただきました。また、八月十七日は、奈良・三輪山の登拝で、和歌山支部長さんより、イワクラからのエネルギー説明に、立ち会わせていただくことができました。今の日本の礎に必要となる、「和」のエネルギーの意味をいただき、私が求めていた家族というテーマにもつながることをまた知り、支部設立の日を迎えることとなりました。
(三輪山登拝については、ブログ“手に稲穂・私の軌跡”に掲載されています。)
8月23日、岡山支部設立当日は、積さんの御指導のもと、吉備の中山(岡山市中心より北西)という御神体への登拝から始まりました。この吉備という土地は、備前・備中・備後と分かれていますが、特に備前・備中の境界線が含まれる吉備中山の麓には、備前一宮の吉備津彦神社と、備中一宮の吉備津神社の二社があります。また中山には、神道山・黒住教本部があり、備中の西方には金光教本部と、この国の維新転換期に、建て替え、立て直しとして、この国を守ろうとしたエネルギーの発祥の地が二つもあるのが、この吉備なのです。と、ここまで書きましたが、私自信は、毎日自然の中で遊ぶのが大好きでしたので、学業などは関心がありませんでしたから、歴史など大の苦手でした。過去より未来を。ですから、知らないことだらけでしたので、慌てて市の文化財団へ行き、吉備中山の地図をいただきに行った次第でした。余談ですが、そのお陰で、和歌山と岡山の関係もわかってきました。岡山と和歌山は海上交流をしており、和歌山の根来寺からは、岡山の備前焼がたくさん出土されていることを知りました。ですから、和歌山へ行ったときに、備前と言う地名もあったことに、納得できました。
話は戻り、参拝は備前一宮・吉備津彦神社から始まり、元宮盤座(麓にある社殿が建てられる以前のお宮の姿)、経塚、八大竜王(昔の雨乞い場所で、八つの龍を祭る祠)、天柱岩(権現岩といわれる)、環状石離(巨石を円形に配してある)、八畳岩(古代の際祀場)、中山茶臼山古墳(大吉備津彦の墓と伝えられる)、備中一宮・吉備津神社へと周りました。
昔は、巨石文化があり、古代人は聖なる場の山に、そこを祀り場所として営んでいて、吉備王国と言われたデーターも、この御神体の山や石に、エネルギーとして残していたものがいたとのことでした。それは当時、支配という形ではなく、相互依存という形で、営まれていたとのこと。またこのようなデーター的エネルギーは、日本全国どこにでも存在しており、今このエネルギーが、人間へ影響をしており、健康と関係しているとのことでした。そして、日本は世界のひな型と言われる意味でも、世界でまた同じことが発生をしていることになります。今の世の中が戻るべき姿が、この巨石へ先人達が残してくれていた想いへ、いろいろな意味で、感謝するばかりでした。
そして、支部へと移動をしての勉強会では、「未来は、我々が規定をすることができる。時空は一様ではないこと。未来を選択すると、過去も変わる。」等々と、実践を踏まえて、盛りだくさんの公演をしていただいました。この学問を学ぼうと自分自身が決め進み、このような日が来るなど夢にも思っていませんでしたが、働きがあるからこそ縁ある方々が、県内外より、たくさんこの吉備へ集まってくださり、本当にありがとうございました。この場を借りまして、改めて感謝申し上げます。
続く
遡ること、2008年11月23日、東京での光の経済勉強会で、初めて積さんにお会いしました。「三回目に、やっとお会いできました。」と挨拶をすると、開口一番、「時期が来ないと、会えないんだよね。」ということでした。私は、すでにそれまでに二回、セキ・ギャラリーを訪ねていました。それは、自分の誕生月の三月と、人生の中でいつも大きな転換月である八月の、二回でした。どうしても、上昇が確実にできているのかという不安を解決するためと、光の経済を知りたく、意を決して家族の協力を得て、勉強会に参加をしたのでした。そして、この23日という日が、のちに意味のある日となりました。
東京から戻り新年を迎え、しばらくは一人模索する時間が流れていました。しかし時間がたつに連れ、やはり「最終知識」の本だけでなく、勉強会へ行きたい、もっと知りたいとの気持ちが溢れていました。そして、春の雪解けとともに気持ちの芽吹きは抑えきれないところへ、高松での勉強会の告知が出ていました。これなら近いので、家族の抵抗勢力も少なく出席しやすいので、すぐに申し込みをしました。そして、不安というよりも、何故か不思議と、さあ出発という気分で高松へ向かいました。フェリーを降りるなり、初めてお会いする高松支部長さんより、勉強会の内容変更を聞きました。出発とはこの事なのかと、違和感もなくすんなり受け入れることができました。
徳島で和歌山支部長さんたちと合流をしてから善通寺へ向かう車中、今回の行程やテーマの話が、支部長さんよりありました。四国へ来られた意味や、屋島は最後に周るということで、今日は「和合」ということがテーマですという話がありました。その時記憶が蘇ったのが、子供のころ聞かされていた親の口論の中で、よく出てきていた言葉でした。いつも父は「わしは源氏の家で、おまえは(母方)平家やからこうなるんや。」と、言い訳めいたちょっと変わった会話でした。私の父方の家系には伊勢神宮の宮司がおり、母方の家系には金毘羅宮の宮司という、この存在がのちの気づきにつながるキーワードの一つでした。夜、屋島の場所において、源平合戦の止まるエネルギーに触れ、この四国の旅が、私の中の「和合」というテーマの、旅の始まりでもあったことを知りました。
(高松での詳細は、ブログ“うしろのしょうめんだぁれ”の「四国への道 Ⅰ~Ⅶ」に掲載されているとおりです。)
今思えば、私の精神学への門にたどり着くための出発点は、両親の離婚だったと思っています。当時、学校の中にある、礼拝堂で祈りました。「何故こんなことが、起こるのか。」「どうぞ、両親を引き離さないでください。・・・」「イエス様は、願いを聞き入れてくださらなかった。・・・」「この世に、神様はいないのか。・・・」の毎日が続き、やがて気付かないまま自問自答のエネルギーを怒りに変化させ、四十年以上の時を過ごしてしまいました。そして、何かがおかしいと気付いた時には、身体に変調が現れていました。その後、西洋医学・東洋医学・予防医学・民間療法と渡り歩くうちに、心と体の関係をキーワードに、2002か03年の秋に、何故かゴッド・ブレインのHPにたどり着きました。しかし、その頃はまだ恐る恐る、疑念を持ちながら、時々覗いていた状態でした。そして、この恐る恐るの好奇心が、「この両親のもとに生まれた理由と家族とは」を解き明かす物語として、始まったのでした。
続く
九月の岡山支部 勉強会のご案内を申しあげます。
実施日: 9月22日(火曜日) PM1:00~5:00
会 場: 風里舎(岡山県岡山市南区あけぼの町10-13)
TEL/FAX 086-261-7333
参加費:3,000円 (事前予約が必要です)
問い合わせ・お申し込みは 下記 矢吹まで
風里舎(フリージア)
〒702-8057 岡山県岡山市南区あけぼの町10-13
FAX 086-261-7333
携帯電話 090-7979-3275
Eメール totoyamato@hotmail.com
※勉強会終了後の懇親会にも是非、ご参加ください。
今年は、梅雨明けの遅い今日この頃ですが、皆様には如何お過ごしでしょうか。
水を心配致しました棚田も、今は緑一面に変わり、美しい日本の景色に、幸せを頂いております。そして、この度、吉備の地におきまして、精神学協会 岡山支部 勉強会を開催する運びとなりました。下記内容にて、ご案内を申しあげます。
「あなたは、心と身体の正しい関係を知っていますか」
スピリチュアル・ボディ・メソッド(理論と実践)体験会
講 師: 精神学協会 会長 積哲夫氏
実施日: 8月23日(日曜日) PM1:00~5:00
会 場: 風里舎(岡山県岡山市南区あけぼの町10-13)
TEL/FAX 086-261-7333
参加費:5,000円 (事前予約が必要です)
問い合わせ・お申し込みは 下記 矢吹まで
風里舎(フリージア)
〒702-8057 岡山県岡山市南区あけぼの町10-13
FAX 086-261-7333
携帯電話 090-7979-3275
Eメール totoyamato@hotmail.com
※体験会終了後に、懇親会も用意しております。是非、ご参加ください。
今、吉備の國では田植えも終わり、一年で一番美しい季節かもしれません。
水面に写る、緑の稲が、風に吹かれながらも、元気に育っていく姿に、こちらまで元気を頂いている毎日です。
六年前より、ももたろうの夫は、吉備のほぼ中心に位置する、年に数回大山が見える、標高380mの棚田で、自然農を始めました。そして、先月、恒例の「田植え体験隊」のメンバーが、町からやって来られました。今回は、11歳から73歳まで、総勢8名での田植えとなりました。蛙やイモリと戯れる小学生から、初めて素手で土を触るというご婦人を含め、ワイワイ、ガヤガヤと賑やかに、心地よい汗をかきながらの田植えでした。心地よい汗の後は、お楽しみの吉備団子・・・、いえいえ、昼食となりました。
ももたろうは、いつも食後の懇親会では、皆さんに自分の夢を語って頂く事にしています。
一番手は、ももたろうの夫から。「僕は、・・・・ 。」
女性:「私は、・・・・ 。」
男性:「僕は、・・・・ 。」
男性:「僕は、・・・ 。」
そして、私の隣の方に、順番がなりました。
女性:「私は、毎日緑の綺麗なH山が見える、環境に恵まれたところへ住んでおります。今は、穏やかに幸せに暮らしていますが、い ずれはすんなりとH山に行きたいと思っています。」
(注:H山は、北斜面が緑で、東と南は高級住宅街、西に斎場と墓地のある山です。地元では、人生が終わったら、H山 へ行くという表現をします。)
60代以上の方々は、揃って「そうだよな。」「そう思うわ。」と。
ももたろうの番が回ってきたので、勇気を出して言ってみました。
「私は沢山ある夢の一つに、将来、石の布団に入るのではなく、山に緑の木を植えて終わりたいと思っています。」
女性:「私も、主人には言っていないけど、そう思っていました。」
女性;「私も、それには賛成です。それに前々から思っていたのですが、戒名に?だったのよね。親からもらった名前で、十分と思って いるの。」
○○氏:「僕は、子供達が困らないように、ちゃんと石の布団を作っておくよ。子供達が来てくれないと、寂しいよな。」
男性:「僕は、木を植える事に大賛成。○○さん、千の風じゃないけれど、私はそこに居ませんって言っているじゃないですか。子供 達に会いたかったら、いつでも直ぐ風に乗って、会いに行けるのじゃないのかなあ。」
○○氏:「えぇっ、・・・ 、う~ん・・・、 考えるなあ。」
女性:「それに、もう外国から石を取り寄せてまで、入りたいなんて、私はいやですよね。(側で蛙と遊んでいる子供達を見なが ら)この未来の子供達のためにも、出来る事を私たちがやらないと、いけないように思うのですよね。」
○○氏:「 、考えるなあ。・・・」
男性:「○○さん!。稲刈りまでの宿題にしたら。」
ももたろうは、びっくりしました。吉備の中心で、こんな会話になるとは思ってもいませんでした。
“時は、動いていると。”
そして、最後に、コーラスをされている73歳の方が、田んぼへの御礼にと、独唱をして下さり、山々に響き渡った午後でした。
totoyamatoさん、はじめまして。
piyocoと申します。よろしくおねがいします!
実は今日、偶然にも夫とお墓とかお葬式の話をしておりまして、totoyamatoさんのブログを読ませていただいて、「なんてタイムリーなお話!」と、これまた衝動的にコメントしてしまいました。
これまでの、死んだらお通夜→お葬式(戒名)→納骨(お墓)という慣習から脱却したいと考えている人たちは確実に増えているのかもしれませんね。嬉しい動きです。
piyocoさんへ
こちらこそ、よろしくお願い致します。
多分、同じ事が日本中で起きているのでしょうね。家やその地域にいると、何の変化もなく封建的だと思い込んでいましたが、それは自分の無知でした。本当に、時は動いていると、痛感している今日この頃です。
むかし、むかし、五昔ほど前の関東に、封建的家系の次男に生まれたお父さんと、女系家族の長女に生まれたお母さんがいました。
二人の間には、一男一女を授かり、それはそれは、大切に育てられました。
ところが、ある日、突然この二人の子供から、お母さんは去って行ったのでした。
それからというもの、特に女の子の方は、強い子供に育っていきました。
思春期になると、その女の子は、お父さんのふるさとである吉備の国へ、移り住む事になりました。
吉備の土地柄も手伝ってか、女の子は益々、強く育ちました。
やがて、結婚をして、まるでももたろうの様に、正義という刀を振りかざしては、夫、子供、夫の両親・・・と、二昔も、戦いを続けていました。
戦いに疲れていた女ももたろうは、ある日、頭が止まりました。
「本当の正義って、?・・・。」
・・・・・
それからというもの、女ももたろうは、本物の正義を求める旅へ、出ることにしたのでした。
ももたろう 新物語の、はじまり、はじまり。
どうぞ、皆様、お付き合いの程、よろしくお願い致します。
(このブログ、ネット上に、正しく載りますよ~うに。)
totoyamatoさん
ブログ開設(^^)おめでとうございます!。ネット上に正しく載りましたね。パチパチ☆~
御伽噺の桃太郎が退治した鬼の住む島は、香川県の女木島だといわれています。もちろん、鬼と呼ばれていたのは、地元の海賊であったり、倭側に攻められたその地の豪族だったりという説もあります(^^)。
女ももたろうさんの活躍を期待しております。
お祝いのご挨拶に代えて
今日、姉に尋ねました。「我が家は平家か?」と。母方の母方が京都から逃れてきた原田氏の末裔だと。母の父系も江戸末期は庄屋。私の父方も古くは村長をしていたらしい。
今日、急に調べたくなりました。富士山物語のせいでしょうか?
他にも調べました。
私の父方と母方の地の中間点は白兎伝説の地。そこは屋島のちょうど北端でもあった。
母方の真南に女木島(鬼ヶ島)があり、父方の真南が高知県の室戸岬の突端とほぼ同一の経度だった。
なぜ、屋島の地に縁が出来たか?
そして中間点の岡山には何があるのか?
はてさて、来月の四国訪問が楽しみです。
chiisakimonoさんへ
早速のコメントをありがとうございます。
機会物は、ヒヤヒヤです。でも、どうにかこぎ着けて良かったです。
さあ、ももたろうの終わりのはじまり。次のステージに向けて、審判の道を頑張ります。
早いもので、あと10日もしたら、勉強会。
よろしくお願い致します。
inocoroさんへ
お祝いのコメント、ありがとうございます。
そうですか、inocoroさん物語もスタートしているのですね。
さて、inocoroさんもtotoyamatoも、何に出会うのでしょう。楽しみにしています。
totoyamatoさん
ブログ開設、おめでとうございます。
女ももたろうさん、いよいよ立ち上がりましたね!!
これからのご活躍期待しております。
フレ~フレ~、女ももたろう!!
yuuyouさんへ、
コメントありがとうございます。
これから、益々よろしくお願い致します。
体験会の準備、おつかれさまです。
そして、いよいよ吉備の国で、待望の会が開催されるのですね。
隣の県(といっても海を越えますが)から、
楽しみにして、駆けつけますので(^^)/
がんばってね!
chiisakimonoさんへ
今年は、本当にお世話になります。海を越えて来て下さい。また、当日に限らず、これからも、よろしくお願い致します。