『光の精神に成る。』18
≪新しい福音=(命の書、最終知識、精神学、+おふだ)のすすめ5≫
≪新しい福音の伝える重要性5≫
【小さな救世主】
「見捨てないで」と言っている。
「見捨てないで」と聞こえる。
しかし「見捨てないで」と言っているものは、自分のイデオロギー(思想・意識の体系)を変えない。変えるつもりもない。
間違っていると気づいても、変える気などサラサラない。
自分のイデオロギー(思想・意識の体系)が間違っていても、それを変えないで、救われたいと願っている。
そして、正当化できると願っている。
それをかなえてくれるのが、真の神であり、悪魔であり、と、かなえてくれたら何だっていいのである。
その上、犯した罪はかなえてくれるものに、預けたまう。
自分は間違っているのに、道を修正せず、正当化し、罪を他のものにゆずり付ける。
それをかなえてくれるものが、救世主なのだという。
そんなニセモノの救世主など到来しない。
神も悪魔もニセモノの救世主なんかになりたくない。
なぜ人間はそんな道理の外れたニセモノの救世主を願うのか。
願えばかなう、何でもかなう、と信じている。
誰かが救ってくれると信じているから。
道を外した自分を、悔い改めない自分を救ってくれると信じている。
いくら信じたところで、道理から外れる、悔い改めないものは、救われない。
審判される。追及される。逃げても追い捕まえられる。
そして罪と業と共に燃やされる。
耐えられるほど、甘い痛みでは無い。
その痛みは、他人に与えた痛みの数十倍以上で、本人とその関連した意識体に帰ってくる。
たぶん、すべて耐えられない、痛み。
いくら後で後悔したところで、戻らない。
大事なことは、死んだらタマシイも関連した意識や諸々のもの達も、すべて必ず審判され、
審判の火に焼かれる。
覆水は盆には返らない。
未来をシュミレートして、よく考え悔い改めて、間違いを正しながら、未来を過去に変える。
過去の十字架を背負い、イエスさまの代わりに十字架を背負う。
屈辱の中に正しい真の誠、正義のために、十字架を自ら背負う。
覚悟します、とハラが決まった時、
宇宙生誕前から準備されていた、
『小さな救世主』が目を覚ます。
『小さな救世主』は勇気を奮って、
「見捨てないで」と言うダマした略奪者を切り捨て、
そのモノたちを審判の火で焼き尽くす。
ひとりに『小さな救世主』が目覚めると、1万倍に成って、周辺に審判の聖別現象が起こる。
クニトコタチ・プロジェクト(クニトコタチ計画)。
ミエル
『光の精神に成る。』17
≪新しい福音=(命の書、最終知識、精神学、+おふだ)のすすめ4≫
≪新しい福音の伝える重要性4≫
【全てに聖別の光が当たり、全てが活性化する】
人のこころとたましいには、自分でも触れたくない部分がある。
そのことも忘れている自分がいる。
覚えていて無視している自分がいる。
覚えていてフタをしている自分がいる。
本当の自分はフタの中にいる自分。
本当の自分はフタを閉めて忘れようとした自分。
本当の自分は中と外の自分をそばから、止めようと努力した自分。
そんな自分のこころとたましいに聖別の光が隅々まで当たればどうなるだろう?
光だ!と喜んでいられるのは数時間で、聖別の光は大変なエネルギーだから、たぶん全部が活性化する。
フタをされていた自分が活性化する。
封印していた闇が活性化する。
自分の中の光が本当の闇と光に分離する。
見たくなかった自分の中にある地獄のイメージが活性化する。
見たかった自分の中にある天国のイメージが活性化する。
見たかった自分の極楽が活性化する。
見たかった自分の未来が活性化する。
見たくなかった自分の未来が活性化する。
見たくなかった自分の過去が活性化する。
見たかった自分の過去が活性化する。
自分の中にある卑怯な自分が活性化する。
自分の中にある嘘つきな自分が活性化する。
自分の中にある勇者が活性化する。
自分の中にあるヒーロー(英雄)が活性化する。
自分の中にある悲しみが活性化する。
自分の中にある喜びが活性化する。
自分の中にある恐怖が活性化する。
しかし、出口は自分ひとつの身体。
行うのも言葉を発するのもひとつの身体。
取捨選択をする自分がいる。
今とって、明日気が変わって、あさって戻っても、責任が問われる。
でも活性化したこころの、たましいの、エネルギーが抑えられないとしたら。
他人は人を見ておかしな人だと思い、他人もまたおかしな言動をするようになる。
それは気づかせる為の仕組みだとしたら、
それは人に気づかせて、悔い改めさせる天の手助けだとしたら、
気づく自分を育てることができる。
気づいて悔い改める自分を育てるのだ。
《闇を、地獄を、自分が抱き参らせる。》
《大人へのスッテプ、人の子へのステップ、神にはできなかった。》
精神の、子供から大人への進化。
精神の、神から人への進化。
宇宙開闢以来の祈りをかなえる、トビラのカギを握っているのは自分。
それを自覚してトビラを開けるのは自分。
『全ての責任は自分にある。』
『死んだ後、審判で裁かれる』
『自分の考え、想い、こころ、言葉、動き、精神、全て審判される。
たましいは記憶媒体だから、痕跡を消すことは不可能』
【全ては天に裁かれる】
【かならず自分がどのように生きたか、を天に問われ、そして裁かれる。】
ミエル
『光の精神に成る。』16
≪新しい福音=(命の書、最終知識、精神学、+おふだ)のすすめ3≫
≪新しい福音の伝える重要性3≫
【消滅した粘っこい雰囲気】
2012年1月3日に火の玉、火のついた隕石群がドンドン落ちてきて、下の真っ黒い野原を焼いている夢みたいな映像を見ました。
2012年1月16日までは金縛りにあったり、目を閉じればいろんな顔が浮かんだり、身体がずっとダルかったりして、何んとか浄化と上昇を繰り返して、しのいでいました。
2012年1月17日朝、早めに目が覚めました。
めちゃめちゃすっきりしていて、前日までとうって変わって、空気が清々しく、太陽は暖かかったのです。
たぶん、阪神大震災の17回忌法要が午前5時46分にあり、遺族の方の祈りが天に通じたのだろう、と感じました。
1月17日、18日、19日も粘っこい雰囲気がどこを探しても何もないのです。
人の真摯な祈り、とは本当に尊いものだと実感しています。
「最終知識」に書いてある通り、『正しい人間の祈りは この闇を通り抜けてきますが 光は届きません』、の証明だと実感しています。
2012年1月18日、昼にトイレの窓から太陽を見ていて、その光の中から離れがたくなって、太陽方向に目を閉じたら、昔の女性の映像が見えました。
髪を真ん中で分けて、襟の大きな高貴な着物というか服で、若いような女性(白山ひめ神社にあるような女神様の絵)の映像でした。
立ち去ろうとしたら、次にイエスさまの映像が浮かんできました。
私がいろいろと考え事をしていたからです。
おそらく、2012年2月1日に向けて、準備が着々と進んでいるとの証しなのでしょう。
タイムスケジュールの進捗具合は、『計画通り順調』みたいです。
いくら良きもの、いくら素晴らしいものが天から降ってきても、伝える人がいなければ、
知らずに死にゆく人、地獄へ行く人が増えるのみ。
生まれ来る前を知り、去りゆくべき先を知る人は幸いである。
正しい知識を知ることは最上の喜びであり、人生の活力を生み出すだろう。
人の生まれ来た意味とは、精神を精製する(練り上げる)ことである。
そして、『光の宇宙』に去ることだ。
『役割を終えたものは去るのが正しい。』
『すべては物語にすぎない 恐れることなく進みなさい。
世のはじめから定められている時がきます。
その日 その時 と約束されてきたことが起こるでしょう。
聖書の時代が終わります。』
ミエル
≪新しい福音=(命の書、最終知識、精神学、+おふだ)のすすめ2≫
≪新しい福音の伝える重要性2≫
【たましいの奥底に届いた、最後の審判の光】 12月25日11:10ごろ
12月25日9:00~13;15に報道番組の特集を見ていて、積先生が言われていた様に報道番組でも、悪意の闇は大航海時代から大きく始まり、日露戦争、第二次世界大戦をへて現在も、リーマンショックから欧州危機を引き起こしている。
という内容と、日本の都会の繁栄を支えてきたのが地方であり、経済格差がひどくなる中でいよいよ地方が疲弊してきた。
という内容を観ていました。
10:30ごろ、何もしていないのに、左の首の後ろあたりから暖かくなってきて、マフラーをしているような感じで首の後ろの左から右へグルリと暖かくなりました。
11:10あたりに、コマーシャルの間に洗面台に立ち、歯を磨いていると、わずかにでも確かに、男の人が高貴な椅子に座っていて左ひじに顔を持たれかけて、何か考え事をしておられる感じのイメージがありました。
このイメージはいろいろな絵画にある、『最後の審判』のイエス様のような感じの絵ですが、考え事をしておられる感じがありました。
この『最後の審判の光』が私のたましいの奥底に光を当てています。
2日たっても、あれからずーっと探っていてもやはり、間違いなく光はたましいの奥底を照らしています。
これは私にだけでなく、
【全世界の、全存在のたましいの奥底に『最後の審判の光』が当たっている。】
-そんなイメージです。たぶん確かな感じがします。-
こうなると『光』が『最後の審判の光』なら、たましいの奥底から『聖別』が始まったというこのなのでしょうか。
【2011年12月25日、予告通り『最後の審判』による『たましいの聖別化』が始まった。】
ミエル
≪新しい福音=(命の書、最終知識、精神学、+おふだ)のすすめ≫
≪新しい福音の伝える重要性≫
【総て、整った。】
【総ての準備が整いました。】
2011年12月23日18:42~:45ごろ
浮かんできました。電気屋に行こうと自転車に乗っていると、確かに浮かんできました。
総てとは天と、地と、光の戦士や働き手、天の御使い、審判の光の波と、意識体やエネルギーなどなどと、プラス、時間と、空間と目覚めの光。
すでに時代の審判に突入して、おかしな現象が周辺の人々に表れていますが、ある時刻を持って一斉に審判の働きが動き出す。みたいです。
12月24~25日のイエス様の生誕時間。(時間は暦も変わっているのでよく知りません。)
結局、審判というものを目の前にすると
1、審判を知っていて妨害するもの
2、審判を知らないから今までの流れを継続させるのが天の意志として、妨害するもの。
3、審判を知らなくても、天のルールの変化を教えてあげたら、納得されるもの。
4、審判を知っていて、受け入れるもの。
何パターンかありますが、周辺の人々の動きを見ていると、日ごと乱雑さが増しています。
上記2の、霊や意識体やエネルギー(昔から置かれたものも含む)が今までのやり方の存続が自分たちの存在理由と位置付けて、善意を持ってかたくなな抵抗し続けてる。
そういうものに人々がわからずに、精神に敏感に影響されている感じがします。
上記3のわかってくださる霊や意識体やエネルギーは、新しいルールのお話を興味を持って聞かれ納得されるので、協力して一緒に働く意思を示して下さると聞いております。
非常に有難いものです。
積先生の言われた「霊界は消滅方向にあり、現在は現界と重なっている。」の内容が日増しに実感しています。
どんなに抵抗しても目覚めの審判の時空波は、『定められた時刻どおり』に自動的に発動され、それをどこかで受け入れるか、最後まで抵抗するか、しかない。
半年ぐらい前から今でも、「蛇口がギュと閉められて、水が一滴も下に落ちない。」イメージあって、天の理(ことわり)から反れる総てのものにはエネルギーがもう供給されることはない。
その為、いくら道を外れても、それをいくら経験だとして精一杯頑張ろうとしても、天の道から天のルールから反れた(外れた)ならば、一滴のエネルギーももらえず、活動を停止することになるだろう。みたいな感じでした。
積先生が「『命の書』に死んだ人の名前(生きている人も可)を登録をしてあげられるのは
生きている人しかできず、それは本物の愛以外なにものでもない。」と私に言われました。
『命の書』への名前の登録こそ、死人を、霊を、それにつながる神格ももろもろ含めて、新しい天国の『光の宇宙』へ送る唯一の道ですもの。
総てのたましいも、神も神々も悪魔も霊ももろもろの意識体も、『光の宇宙』へ行くことが目的であり、今までの存在してきたことの卒業ですもの。
『これから≪新しい福音=(命の書、最終知識、精神学、+おふだ)≫を伝える使徒(もの)と、伝えられた使徒(もの)には、「天からの重要な使命」になる。』
『知ったものが知らないものに責任を持って教えるのは、愛以外なにものでもない。
やっと本当に「愛、勇気、正義」を知っている人の子が、地球を救う時代がやってきた。』
― 聖なる世に向けて ―
ミエル
1、
《タマハガネ、タマハガネ》― 2011年11月12日8:00ごろに浮かんだコトバ。
2、
12月11~15~20~23日の攻防 ― 2、3か月前から12月のカレンダーが浮かび12月11日~中旬にかけて押し合いをしている。
12月24日のクリスマスまでにある程度艱難を表に出す必要があるみたい。生温かいクリスマスを迎えると2012年が大変になるから、らしい。
12月12日からズルズルと後退している。今は12月20日あたりまで矢印は後退している。
3、
この2,3日前から女神さまが浮かぶ。
今までにないかなり位の高い、すごく清い透明な感じ、清楚で凛とされている。わりと細顔の黒髪の感じ、でも姿は毎回少しずつちがう。でもたぶん同じ方。
最近の周辺の人たちは団塊の世代やその子供世代が多くて、話を聞いているともっぱら関心事は、
①生きる、美しい、美容、健康、趣味を楽しむを正とし、
②死ぬ、老いる、病気、苦しむ、を悪として、
③なぜ生まれてきたのか、神とは、悪魔とは、仏とは、霊とは、自分とは、ということを話題にすると、愚者とされる。
年をとっても、まだまだ人生を自分の都合のいい様に合わせ、人生を謳歌する為、美容と健康と若返ることに走り、若いものに時代を譲ることなく、楽しんでおられる方々をみて、かなり疲れてきた。
今日お風呂に浸かっていて、女神さまが「ヤル。」と言われたので、③の事ではもうどうにもならんと疲れていたので、もう頃合いかなと「どうぞ、受け入れます。」とお返事した。
すると瞬間、女神さまは左手で「光速のホコかヤリ」を投げてきて、私を貫いて硬い岩盤に突き刺さり、岩盤を粉々に砕いた。お返事をしたらイキナリ映像が走り、「あっ」と思った瞬間の映像でした。
岩盤は私なのか、地球なのか、地球に住む人々のたましい、なのかはわからないけれど。
タマハガネ(玉鋼)を取り出す為には外側の不純物で固まった、硬い殻を砕かねばならないらしいです。
女神さまを思いだすと、昔何回か参拝した伊勢の月讀宮のイザナミ大神さまの社が思い浮かぶ。
考察:
「最終知識」には「精神とは、人間のうちで、精製された神性なのだ。」とある。
タマハガネのように、神を人間の内で練り上げ、精製された精神は、「最後の審判」によって不純物を砕かれ、「純正な精神」を回収されるということだろうか。
他方で、実は「唯一の物語」というストーリーが存在し、「天、地、人」はこの物語を完結する為に働いている。
「天」を遥かに超える「物語」が上位に存在し、この「唯一の物語の存在」と「その作者の存在」を自覚し確信した時、たましいは役割を終えるのかも、と考えている。
『願わくば、小難のうちに、早期にて、時代を審判したまいます様に。
各個人が少しでも早く、多くの人が「唯一の物語とその作者」に気付かれます様に。
お祈り申し上げます。
その為の「時代と文明と文化と人のたましいの審判」をお受け致します。
どうかよろしくお願い申し上げます。』
唯一の神様へ
ミエル
《伝える、届ける》
全ての存在に
正しい知識を伝えたい。
本当の知識を届けたい。
救いの助け船が
光の船が在ることを伝えたい。
そのひとが死に逝く前に
そのひとが考えることができる生ある間に。
正しい知識を伝える。
拒否されても
少しでも多くのひとへ、意識体へ
せめて死んでから後悔されぬように。
『 本当の知識と
それがあることを
届ける。 』
ミエル
《真理と真実を見抜くは力、成り。》
人はなぜに生まれ来て、なぜに死に逝くのか。
この物質宇宙は「唯一の物語」という、たった一つのお話があり、それを実証させる為に全ては生まれ存在して、去っていく。
しかし、光のデータとなる。それは消滅ではない。
先に精神宇宙が生まれ、後を追う様に物質宇宙が生まれた。
精神宇宙を現実化し、実証する為に物質宇宙が存在する事実。
人は宇宙に似せて唯一の神が創られたという。
ならば、人の精神が先行し、次に人は意識し、思考し、感情し、決断し、行動し、結果を確認する。
時に感情が思考より先に上回ることもあるが、この時は結果があまりうまくいかない。
遠くから見れば、光輝いている「真理と真実」は近づくと、自分のエネルギーが増し、私の中の喜びのエネルギーは増大し、精神も身体も元気になる(プラス)。
同時に私の中の闇もエネルギーを増大し、精神にも身体にもマイナス方向に元気になる(へばってしまう)。
私の中でこの「プラス方向のエネルギー」と「マイナス方向のエネルギー」が衝突する時、精神と脳と身体は、大混乱し苦痛を伴なう。
【近づかなければ、よかった。】
【真理と真実を知らなければ、こんなに苦しまなくてよかった。】
『いいえ、しかし、どんなたましいの1つ1つも、真理と真実を知る様に設定(プログラム)されている』
『人のたましいは必ず、まずは自分の中の真理と真実を知ることになる。』
『何度生まれ変わっても、死に変わっても、自分の中の真理と真実を追うことになる。』
『自分の中の真理と真実を理解する時に、人の脳による思考が必要になる。』
『苦しみは真理と真実の在りかを指し示すコンパスであり、人が私が思考し、悔い改めることにより、苦しみは喜びに変わる。
マイナス方向からプラス方向にエネルギーは変換される。
《闇は光と成る、浄化される。》』
『マイナス方向とはアル方向以外のバラバラの向きで、プラス方向とはアル方向のことである。』
【アル方向とは何だろう】
『アル方向とは、
《この世の真理と真実は外宇宙で創作された唯一の物語の一部である。》
事を認識し、理解すること。』
『人はその個人宇宙の中にも認識の相違により、バラバラな精神ベクトルをたくさん宿している。
1つ1つベクトルを取り上げ、ベクトルを正しい認識の方向へ向ける作業をしていくと、エネルギーは整列し、思考は真っ直ぐになり、風は光と成る。
人は光の風が吹き抜ける、風吹く社となれる。』
『人個人宇宙の作業1つ1つが実際の大宇宙にリンクしている為、実際の宇宙もまた光の宇宙に成長することになる。』
『真理と真実を知ろうとすることは、唯一の神が個人個人のたましいに密かに託された願いである。
その過程で出あう一枚一枚ウコロを剥がす苦しみは、精神が脱皮する為に導く愛の一部なのである。』
『《まさしく唯一の神が、唯一の神に一歩一歩近づいていることを、私に実証されている。》』
『私は苦しみがいいとは思わない。しかし、ある種の苦しみは時に、乗り越えるべき壁を指していて、向こうにある目的目標が幻想ではなく、現実化することを私に確信させている。』
《唯一の神に、真理と真実に、私を導いて下さったことに、深く感謝を申し上げます。》
ミエル
2011年8月7日(日)
京都で知り合ったある方を和歌山サロンに連れて行きました。
和歌山支部長さんと3人でお話をして帰りました。
帰ってから運転にくたびれたので、浄化上昇して元気になって、すぐに寝てしまいました。
2011年8月8日(月)
朝、仕事に行って、鼻の奥が少し痛かったので風邪かもしれないと思い、浄化上昇をしながら仕事をしていました。
午前中でマシになりました。
昼過ぎから今度は頭痛と首コリ、肩コリ、に見舞われました。
仕事をして帰って来て、お風呂に入りました。
お風呂で浄化上昇しているとかなり首コリがマシになったのですが頭痛はまだ取れないでいました。
お風呂からあがって、先日に和歌山支部長さんとお話していた、ブラジルから渡ってきたイエス様のオリーブオイルの一部が私の所にあるのですが、これにセキコンセクレイテッドオイル(秘跡のオリーブオイル)を数滴入れてみようと思いつきました。(なぜか)
入れようとすると数滴ではなく、かなり量がイエス様のオイルの容器に入りました。
その容器を手に取るとオイルが、なんだか喜んでいる様に感じられ、顔、頭、耳、首回り、腰、背筋、手、足、お腹、に少しオイルをつけて、オイル容器を額の前で、目を閉じるました。
光っている十字架がたくさん、ハシよりも少し長く太い光の十字架がいっぱい、ラセン階段状に降りてきたのか、上がって行くのか、の画が見えました。
瞬間に気が付きました。
ひどかった頭痛と肩コリと腰コリの辛さが一気になくなり、なんだか身体が元気に、やる気になってきました。
気持ちも明るく嬉しくなってきました。
あとセキコンセクレイテッドオイル(秘跡のオリーブオイル)をいつも付けている身体の箇所に付け、浄化と上昇をしました。
とても楽に、元気、元気になってきました。
意識も身体も負荷がきつくって、辛く、それでもがんばって浄化と上昇をしていると、「オイル」や「最終知識」の本や「おふだ」や「祈り」が「呼び水」となって、『光の御使い軍団』がやってくるのだと、最近では確信しています。
自分でできるのは、ただただ『祈る』だけであり、働きは『光の存在にお任せする』、という態度であります。
『光の御使い軍団』がやってくると、一気に負荷が無くなり、楽になり、何よりもすぐあと元気が出てくるのです。
身体も気持ちも「光の元気エネルギー」を充填して頂いるみたいです。
感謝します。ありがとうございます。
この状態を感じ始めたのは、役行者(役小角)様ゆかりの金峯山寺蔵王堂の駐車場でへばった時でした。
光の玉がいっぱい集まって、大きな光りの玉となってお腹の上に降りてきたら、一気に負荷が無くなり、元気があふれてきたのです。
『光の精神界の方々』、『光の皆様』、『光の御使い軍団』、『光のイエス様』、
感謝申し上げます。
そして本日、文頭のそのある方から連絡があり、「最終知識がほしい」とのことで承りました。
本当に感謝申し上げます。
ミエル
2011年8月15日は、「最終知識が成立する」と記述のある2001年8月15日から10年経つ日である。
10年ひと区切り、又は12年(干支)ひと区切り、になるのか。
2000年の世紀が終わり、聖書の時代が黄昏を迎えて、新たな時代に突入して然るべきなのに、ひと区切り分遅れている。
聖書の言うように各予言者がたくさん現れている。
内容は2012年とか、何年後とかに何かあるというけれど、時代の変化は速度を上げている為、すでにいつ何が起こっても、不思議ではない感がある。
逆に変化が速い為、起こっている変化に自意識がついて行かず、大きな変化に突然ビックリするのかもしれない。
人は自分の幸福や理念が正しいと思いたがり、それが永遠に続いてほしいと願う。
自分の子孫ならなおさらでしょう。
しかし、文明は結構早く衰退する。国も思ったよりも早く崩壊する。
人から人へ時代が渡される時、今までに支えてきた人の高い精神にあった根幹が、伝承されなくなり、技術やテクノロジーも形だけになり、伝えなければならない記憶も失われていく。
法律や約束ごとを交わしても、人が替われば、組織が替われば、記憶が伝達されなくなり、数代でなくなる。
今の人も便利な、清潔な、楽な世界が何十年と何百年と何千年と続いてほしい、続くと思っている。
思っていない人でも自分の生きている間は、困難な時代でないことを願っている。
そして年をとれば子や孫に財産を残し、少しでも楽に生きられる様に願っているのが普通かも知れない。
でも他方で、未来の子供たちに借金処理と放射能の物質を管理させ、少子化の世を作り出し、地方を疲弊させた分、結果として自分たちの時代を裕福に暮らした。
どこかで元に巻き戻す働きがあるというのを心の奥底で感じながら暮らしてきた。
お金(マネー)を仕組んでいるものは、衰退することなく何世紀の間、人から人に情報と管理のやり方を伝え続けられるものだなと、私は密かに感心しています。
ドルに印刷された神の「全てを見通す目」はなぜ、1つの目なのだろう、と疑問に想っていました。
エジプトからのラアー神の目からかも知れないけれど、ひとつだけの目とはなぜだろうと、考えていました。
人は1つの目だけでも見える。でも1点だけ見えていない点がある。
「盲点」である。「盲点」とは視神経の関係で網膜に像が映らない為、見えなくなる点である。
これを脳と左右の眼球がカバーして真実の姿をチェックしている。
この神の「全てを見通す目」が1つの目なのは、「神のおごり」だと考えています。
本当は1つ目だけでは「盲点」を含んでいて、神はそれに気が付かない。
真実を見ているつもりが全て真実でなく、その原因は「神自身のおごり」にあった。
『神や神々が失敗した原因はこの、おごり、ほこり、自分が真実で正しいと信じ込んだ癖にあった』のではないかと考えています。
密教ではマンダラが有名ですが、代表は2種類あります。
「金剛界」マンダラと「胎蔵界」マンダラで、どちらも「大日如来」を中心に教えを伝達する仏や守る仏がいます。
流れは全て「大日如来」から外向きで、「金剛界」は真理の力と守護を、「胎蔵界」は慈悲と癒しを教えています。
でも「大日如来」が間違っていればどうなるか。「ニセの大日如来」が入ってきたらどうなるか。
「大日如来」は全ての根源であるから間違えることがない、といういわれますが。
でも、もし中心が間違っていれば、まず側近の仏たちは気が付かない。
一番早く気が付くのは大外にいる仏たちであろうと想います。
この間違いに気が付いた仏たちは「おかしい、間違いだ」という情報を中央に伝達しても、「大日如来」には届かない。
この原因は 「随時チェックし、その結果をフィードバックする機能(システム)」 を作っていないから。
『間違いが起これば直ちに修正する為に、情報をフィードバックする働きが欠けている。』
「これもまた仏、仏たちのおごり、ほこりだ」と考えます。
人も、神、神々、仏、仏たちと同じで、最後の最後に気付くのは、
自分の目指した夢の実現に負荷をかけ、足を引っ張っているのは
『自分自身のおごりとほこりと自尊心』であった、ということでしょう。
『自分を傷つけていたのは私だったのか。』
と気付いた時、天地がひっくり返る衝撃が走るのです。
気が付くのは、自分が死ぬ直前か、死んだ後か、生きている間か、年を取って動けなくなった時か、若い時か。
気付かないより気付いた方がよい。
早目に気が付いたほうが良いと考えます。
その時の後の行動が違ってきて、周りの反応も変わってきて、運命が変わってくるから。
悔い改めが生きている間に、できるからです。
ミエル