ああ。よかった。
ここに書く場があって。
ここにひとつ年上の積せんせいがいてくれて。
ここにみんながいてくれて読んでくれて。
ああ。たすかった。
  • 2012年02月18日

    橋 山 土手 わたし 風景

    インパクトからインパクトへと
    橋渡しされながら人生を歩いていたわたし。
    変なわたし、だ
    ということでおさまった。

    @母の笑顔のために生きるんだ
    @とにかく結婚はしなければならない
    @ここで(宗教体験)幸せ掴むんだ
    @名前、変えるんだ

    インパクトがやってくる直前、
    わたしは決まって
    「きー、くやしい、、」
    という激しい感情をもてあましていた。
    そのたびに押し殺した。
    そうして
    ガツンと来るインパクトを迎えた。

    わたしはインパクトを
    これぞ
    わたしの人生の意義、としっかり受け取って突っ走った。
    かなりわたし変。
    これがわかって
    これでたすかったんだな、とわかった。
    着ぐるみは脱いでもよい、ということだから、、。

    ・・

    「まだ家に居るのなら一時間遅らせてくれる?」
    と娘に連絡した。
    うたた寝してしまって約束の時間に間に合わない。
    きょう(2/17)は、
    娘から
    「熱田さんいこう、」と誘いがあった。
    一時間ずらすことが出来てほっとして
    待ち合わせ場所に着いた。

    「なんだか、寝起きみたい、」
    「おかあさん、だいじょうぶ?かなり
    ぼーっとしてるよ、」
    とEちゃんから言われた。

    ぼーっとした感覚がおさまるのには
    好きな数字を目にすることで
    だんだんそれが可能になった。
    「あ、カラスが一羽」
    「あ。ナンバープレート 8888」
    「あ。カラスが三羽」
    「レシートの番号 98」

    拝殿前で手を合わせた。
    「これがわたし、です。これからも
    みていてほしい。」
    と祈った。まだ、ぼーっとしていた。
    広い境内をゆっくり満足するまで過ごした。
    Eちゃんは、今年はじめて、やっと来る事が出来た、
    と言っていた。
    Eちゃんも発想豊かに自分を見つめていた。

    ・・
    晩ご飯のあと、
    こたつでぼんやりしていた。
    すると、
    “左回りに回るよ、”
    “ひだりにむかってまわるね、”
    と響いてきた。
    なので
    左回りに動きながら
    こたつから出てクルクル回った。
    すると、
    思い出した。

    わたしにとって
    「不幸で不幸で仕方のない人物」のこと。
    ああ。そうか。
    わたしはこの人物を考えているとき、
    不幸取扱説明書をしっかり握り締めていた。
    この取説に沿って見、想い、手出しを
    何十年もしてきた。

    クルクル・・

    不幸取扱説明書を手から離すことなんだな、
    とおもった。
    この人物に貼り付けてしまった
    「不幸レッテル」を手から離した。

    21年前、
    インパクトと動機の間で激しく揺さぶられながらも、
    移転をしてきたここの住まい
    の隣区に
    この人物は住んでいた。
    このことがここへ移転する大きな決定打になった。
    これもインパクトだった。
    @ あ。不幸なこの人のそばに行くことは
    意味がある。

    この人物は
    ひとりはわたしのいとこ。
    ひとりはわたしのたったひとりの友人。
    だった。

    いま、この人物たちは じわりじわりと、
    去年から
    わたしの前から
    消えようとしているのがわかる。

    クルクル・・
    は、
    自分でインパクトを閉めなさい、ということ。
    「きー、くやしい」という感情の山は
    平坦に
    これからは出来るから
    インパクトはもうやってこない。
    安心して
    変なわたしで
    生き生きと生きていけばいい。

     

    Posted by: pandas
  • 2012年02月15日

    還暦  インパクト

    あ!
    思い出した!
    わたしは
    あのインパクトに影響されていた。
    そのインパクトとは、
    「ここの住まい」へ引越しの手続き
    の諸準備を整えているとき
    わたしは
    突然、玄関に訪問してきた人物によって
    心の不安について「解消してくれそうな場所」に
    誘われていた。
    人生最後の宗教体験だった。
    このとき
    (こんな時に分譲タイプの家へ移ってしまったら
    いけない!!)

    雷が落ちたくらい衝撃を受けた。

    このインパクトとともに
    ずーーーっと、ここの住まいに住まっていることを
    今朝
    思い出した。
    ここへ来るまでは、両親の家の近くに住んでいた。
    (このままここに住んでいたら、わたしたち家族
    ダメになってしまう)
    と思い込んだのが
    引越しの動機だった。
    インパクトと この動機の間で
    はげしくわたしは揺さぶられていた。
    子達は5歳7歳9歳だった。

    昨夜記事にした。


    「実感」が
    わたしを成り立たせている感じだ。
    わたしはこの「実感」を勘違いしていた。
    「なんとかせよ、」「おまえがなんとかせよ、」
    ・・と追い立てられている風にとらえてしまっていた。

    ・・
    実感とは、本当の気持ち気分 愛 だと思った。
    頭が重いときは 
    SEKI秘蹟オイルをつけている
    突然の足の甲の痛みに
    SEKIライトをつけた
    ひとなかへ出て緊張したあと
    SEKIフェイスオイルをつけて眠る

    わたしは 
    自分をトコトン嫌った体験を人生初期から
    ずーーーーっと続けてきたことがわかった。
    還暦をむかえる年、2012年
    「守られている」ものを見始めること、
    めぐり合わせの奇跡の出会い、

    認識を高めることが出来るようになった。
    なので、
    いままでの着ぐるみが
    余計にハッキリと思い出せるようになったんだなー、
    とおもった。

    Posted by: pandas
  • 2012年02月14日

    西の空 ふたつの目

    晩ご飯の素材を買い足しに外へ出た。
    西の空に
    金星と木星が すっきりと見えた。
    これからどんどん
    その距離を縮めていく~
    きれいきれい
    ・・
    頭の重さと 咳 が 続く。
    バラバラになった自分の本音を
    つなぎ合わせたい。
    だからひとりしゃべりしている。
    そんなひとりしゃべりも
    接続がうまくいくのは
    なかなか難しい。
    目が壊れてしまうから
    目を使って考える傾向は改めた。
    ここの住まいで過ごしているときは
    家人がわたしのことを視野に入れている「実感」が
    わたしを成り立たせている感じだ。
    わたしはこの「実感」を勘違いしていた。
    「なんとかせよ、」「おまえがなんとかせよ、」
    ・・と追い立てられている風にとらえてしまっていた。

    勘違い現象をこれから一つ一つ改めていく

    Posted by: pandas
  • 2012年02月06日

    マッチ売りの少女

    こごえた手で
    女の子は
    自分を暖めようと
    マッチをつけました
    シュッシュッ
    (ああ。すぐにつかないマッチ
     売れなくてよかったわ)
    、、、
    さいごの一本になりました
    すると、さいごの一本のマッチで
    パーっと あたりは明るく
    女の子をあたたかく包みました
    (さいごの一本がわたしの目の前で点く
    っていうことも
    これで よかったんだわ)
    女の子の手はポカポカになりました

    Posted by: pandas
  • 2012年02月02日

    ゆるぎない場所

    きのうもそうだったが
    きょうもそうだった。
    晩ご飯の準備に間に合うように、と
    帰宅途中に観た空には
    お月さんにめがけるように
    金星と木星が一直線上に位置していた。
    いさぎよい場所だなーとおもった。
    ゆるぎない場所に居る姿に感動した。
    きょうは雪が積もった。
    住まいの前から出る二方向のバス路線に
    わたしは迷っていた。
    きょうは、母の家には行かないで
    オール自分用事だけで済まそうかな。とおもった。
    神宮行きバスが
    目の前に来た。
    ア、熱田さんへ行こう、とおもった。

    あ。わたしまだ宗教にはまっていたんだ、と気付いた。
    「母教」と「信者」

    わたしは母の回りに
    「信者」としてまとわり付いていた。
    母の話しっぷりも
    「母教」が「きょうだいから攻撃されて」いる
    という構図に
    わたしが脳内ではめこんでしまった。
    そうして無意識に、強烈に、
    母教を攻撃するものを「攻撃」していた。
    終わりなき戦い(わたしの死によって
    脳活動が終わらなければ
    終わりの来ない戦い)
    となってしまうところだった。

    熱田神宮拝殿前で名乗りをしたあと、
    “いまだ宗教母教に座を持ち続けていたことをきょう
    知りました。
    信者ではなく、はたらきものとして
    ここから生きていきます”

    むかうバスの中で気付かされた衝撃を
    祈りの言葉に代えて述べた。
    わたしの不自然な
    心のエネルギーの発露の許しを請いたかった。

    夜空の
    お月さん、金星、木星、三つが
    一本の矢のような
    ゆるぎない場所にそれぞれが位置していることが
    わたしの天地創造を突いてくれて居るように見えました。
    先日の4日間の
    わたしの天地創造が
    わたしの脳内で起こした
    「あやまちの世界」であり
    壊すべきはこのわたしの起こした世界である
    ことを知りました。
    害毒を放ちつも
    それとは気付かず、
    心の発露に対して当然の応酬があるべき、

    奥底でひがみ佇んでいたおのれの姿がよくわかりました。

    Posted by: pandas
  • 2012年01月31日

    あまりにも辛すぎ

    あたりまえに親を想い
    そこにあるものをあたりまえにたいせつに想う
    ・・
    おもいつづけて
    行動したことが(行動していることが、)
    こんなにも波乱を起こすとは
    ・・
    行動当事者にお金が豊かにない
    のが背景になっているということに尽きる
    という構図に
    だんだん固まってきた。

    わたしは「自信をもつんだ」
    と自分には言えない。
    ・・
    「自分を信じる」とは自分を「確認すること」かもしれない
    とおもった。
    ならばわたしは自分を信じることが出来る。

    きょう、
    母と話しをして、
    きょうだいから辛らつなことを
    言われ続けている母を励ました。
    新年早々
    母は左の膝を痛めた。
    そのあと三回目のSEKIオイルを塗ったあと
    「きゅうに 完全に良くなった」
    と言ったときのことを
    母はふたたび思い出して
    わたしに告げてくれた。
    「ほんとうにあれを不思議と言わずして何を不思議と言おう」
    ・・と。
    「よかった。よかった。ほんとうに不思議なんです。」
    とわたしはニコニコ顔で返事した。

    夕方バイバイして
    帰りながらバスの中でわかった。
    そうだ
    「わたしはこころが貧しい」
    ということが、確認(自分を信じること、が)できた。

    わたしは心が貧しい

    これから先は
    許しを請う意識を持とう、とおもった。

    わたしの考え方生き方はこの世では歓迎されなかった。
    この世はあまりにわたしにとって辛すぎる。

    「わたしの想い」という小さなお鍋では
    わたしの味加減でよかったけど・・
    この味加減で→「わたしは自分に自信を持つ」
    ことは
    自分にうそをついている、ということがわかった。

    わたしの味加減ではすぐに
    壁にぶつかる。
    無理もないなー、とおもった。

    わたしの想いのお鍋はわたしの味加減。
    この世では歓迎されない。

     

    Posted by: pandas
  • 2012年01月29日

    出張

    土曜日眠る前、
    ああ。わたしは生まれてくるとき難産だった、と
    母から聞かされていたなー、
    と思い出した。
    母の話しによると
    栄養剤を飲んで体力をつけていたら、
    胎内のわたしが
    「育ってしまい」大きくなった・・
    ・・そんな思い出話しを振り返りながら
    頭頂部をふれてみた。
    ライトSEKIオイルをつけた。
    その晩 明け方にかけて夢を見た。
    父が硬いベットに横になっていた。臨終?のような
    雰囲気だった。
    そのまわりで
    女性ばかりが集まって歓談していた。
    それが一変。父が起き上がり
    ア、生き返った@@と思った瞬間、
    いくところがある。みんなにたすけてもらう。
    といいながら
    しっかり自分の足で身を起こした。@@

    日曜日の朝、すっきり起きることが出来た。
    身についたセロファンをはがしたような気分だった。
    朝食のトーストのときふっと夫の顔を横から見たら
    左目が腫れていた。
    母の家に一晩出張したこともあるし、
    夫のエネルギーのことを考えてみた。
    お昼ご飯は、ふたり向き合うように外で食べようと
    思った。
    向き合いながら夫の腫れたほうの目を意識しながら
    外食した。

    ・・
    なぜか、目の腫れはこれでいい、
    と思えてきたのでそうした。
    木曜日金曜日土曜日日曜日4日間で
    天地創造したような気分になった。
    はじめにかなしみありき
    そしてうまれたほね
    ほねにまつろううず
    うずは信じるこころ
    みんなにたすけてもらおう
    ・・

    Posted by: pandas
  • 2012年01月28日

    ほね

    ほ~しんど~
    とは
    手ごたえあり、ということでいい、と思った。
    ここまで
    母を思う気持ちに沿って生きてきた。
    あげく出来たのは
    「箱物」だった。
    「箱物はわたしのほね」だとおもった。

    「ほんとうのわたし」発動は
    きびしい状況&孤独になったとき、
    と感じた。体験した。 
    わたしは母と「別れる」ことなしには
    ほんとうの孤独になっていない、とおもった。

    わたしはほんとうに母のことがかわいそうで仕方なかった。
    わたしはほんとうに自分のことがかわいそうで仕方なかった。
    「かわいそう」が基点になって生きてきたら
    「わたしのほね」が出来上がっていた。

    「わたしのほね」をキラウ側と応援スル側と
    「わたしのほね」の回りに渦ができた。
    「わたしのほね」は全部揃うまで、一つたらない、
    わたしは母に「そのほね」を貼り付けてしまっている。
    こんど母に会うときに「そのほね」をそ~っと
    母のところから持ち帰ろう。。
    見つけることできるかな?
    できないかな?


    「わたしのほね」をしっかり胸に抱きしめて
    まだ味わっていない
    「わたしのほんとうの孤独」、を迎え入れたい。
    かわいそうなわたしを知り、合体したいから。

    “ほーしんど~、、”が 
    “わたしのほね素材・手ごたえという宝物”へ
    達者に
    変換できますように
    ~母 わたしは一生あなたを支えていくよー
    大好き母としてね じぶん大好きなわたしで
    、ね

    Posted by: pandas
  • 2012年01月28日

    つぎの日は金曜日だった

    木曜日
    母の家に行った。
    状況がだんだん
    “泊まった方がよい”という結論に自分判断した。

    いろいろ手助けができた。充実した。
    金曜日は毎週きょうだいが来るので顔を合わさずに
    午前中にバイバイしようとおもった。
    これについても、
    状況がだんだん
    “きょうだいが帰ってしまってからバイバイしたほうがよい”
    という結論に自分判断した。

    結果
    この「ふたつの自分がくだした結論」行動によって
    思い知らされた。
    思い知らされたこととは、

    母の笑顔のために生きるのだー、という
    わたしの意思、+半世紀にわたる目的のための行動は

    あの子はうそをつく
    あの子は事後報告しか出来ない
    あの子はひとりで抱え込む

    という箱物を作り上げただけだった、
    ということ。

    わたしの意思と行動は、
    回りを幸せに巻き込むことも予定だったのだが・・
    目の前のきょうだいの辛らつな言動に変化はない。
    箱物がとてつもなく気に入らない
    ということなんだなー、とおもった。
    しかし木曜日金曜日
    ほんとうによく状況を乗り切ったとおもう。
    母は、「きっとpandaちゃんはサッサと帰ってしまうかと
    おもった・・」と言った。
    わたしは自分でも感情に支配されず
    「ひとり行動の粘り」が
    自然発揮されていたことを
    新しい発見として得たことをうれしくおもった。
    ※ひとり行動の粘り
    とは 
    あえて何かをしない、ということ。
    宇宙でいま、自分ひとりで充分、というスタンス。


    母は自分でしっかり笑顔になっていくんだろう。。
    わたしはこの役割、放棄していくんだろう。。
    とわかった。
    ほ~ しんど~
    ふぁいと 生き方=意思+目的行動 修正

    Posted by: pandas
  • 2012年01月21日

    ほまれ

    そうだ。
    わかった。
    わたしは「発声」がイコール恐怖なのだ。
    いまも引きずっている。
    ・・
    発声の代わりになる「打開策」として
    「うそをつくこと」

    小さいときから活用した。
    ・・
    しかるべく時にしかるべく発声をしたい
    けど
    できない。。
    だんだん結界の焦点が見えてきた。
    ~よくここまで狂うこともなく
    生きることができた
    ~ほまれ とはこういうことをいうのだろうか・・
    と思った。

    Posted by: pandas