悠久の彼方より、約束されし光の大道。
時を刻む音と共に、目覚めし者達の三位一体の働き、今ここに!
  • 2012年04月24日

    娘から、受信の報告です。

    2012年4月23日  20時20分受

    群青のこころにゆれる 御霊なりければ 尊き日々にかえりける 
    さゆれば、心あらずして みそぎの沼に分け入らん 
    ゆきじ よみじをさすらへば 心に光求めたらん 
    いずれの日にもさししめす とおときちしお これにあれ 
    分け入らずして せんじょうの ともしび 深く分け入りて 
    さ迷い人のゆくすえを こころあらたに 見守れり 
    群青の森に出で 星ぼし達のささやきを 
    逃がさず心にとめおきて 光と闇の合わさるに ともにあゆみて 
    進みゆく 血汐にまざる思いのままに 
    むつけきことぞ申すなり ただ天上に居るもののこころを だれぞおもわるる 
    ただひとえに星ぼしの皓皓たるを 導いて 耀き深くしずむ月 
    こげつの水滴したたりて 命の深きを求めたる 
    血汐に秘めし もろもろの思いに応え求められ 流れゆくは その先は 
    未来の光に満ち溢れ 心正しき人々の進むべき時 見誤るな
    真理の道は夜深き 光にてらして進みゆく 
    わざわい多いその道を 唯ひとえに進みゆく 
    ばんじょうの迷い人 さ迷い求める人々の 
    今を昔の物語 歴史の中にうずもれし 正しき人の声をきく 
    真理とともに光あれ 耀きの中に力あれ 
    心の中に未来あれ 


    消えゆく月と しずむ月 
    同じく運命の示すまま 夢のとのへと導かん 
    きざはし(階)こえて道こえて 
    さまよい歩くよいよいの 月と同じく消えるもの 
    すぎし日々を求めるな 理想の中に求めるな 
    心の中に求めるな 
    とわの真理にたどりつかん ゆめゆめ忘れることなかれ


    このことに係わる詳細は、後ほど記録として残しておきたいと思っています。

    Posted by: kotofumi
  • 2011年05月06日

    ライト療法講習会

    ライト療法講習会のお知らせ
     
     お知らせが少し遅くなりましたが、ご案内いたします。
     積先生のお計らいで、相良先生のライト療法講習会を開催させていただくことになりました。
      日程等のお知らせをいたします。

     *日・・・・5月15日(日曜日)
     *時間・・・午後1時~5時
     *場所・・・SBM和歌山サロン 3階
     *参加費・・・1万円
    (特別に、5回コースの分を1日でご指導していただきます)

     多数の御参加お待ちしています。
     参加ご希望の方は、SBM和歌山サロン 
          TEL0736-64-5577
          又は090-4561-8037 高田まで
     尚、当日宿泊ご希望の方は、前日までにご連絡ください。

    Posted by: kotofumi
  • 2011年03月04日

    復習会の上昇にて

    交信                                      
                                            
     感謝申し上げます。 悔い改めることが出来ます。                
     あなた方には何の縁もない者です。                       
     私は、生きりし時に人に対してしてはいけないことを数多くしてきました。     
     しかし、それは当然の権利というか悪いこととは捉えていませんでした。      
    大きなことを成し遂げるのだから、小さなことは許されて当然と思って、結果的にも未来の方々にすごい人と思われるものを残しました。                 
    しかし、死んで始めて知りました。                       
    天国へいけるつもりでいた私は、自分が描いていた天国ではなく、自分が納得できない場所に入れられた形になっていました。                      
    その為、神に対して暴言を吐き何で?という思いに怒りを込めて叫んでいたのです。 
    そこへ光の門へと進む人が、私に手を差し伸べてくれたのです。          
    そして、その方と一緒に光の門へと入った時最初に見せて貰ったのは、私のしてきたことで、どのような良いことも悪いこともつくってきたこと全て知らされたのです。   
    その時初めて小さなことでも、悪いことはしてはいけないということが分かりました。
    今は、そこで起きた自分の経験を、あなた達に伝えてみなさいと言われたので、伝えさせていただいています。                             
    それをすることで、自分のしてきたことの罪滅ぼしになるという事のようです。小さな積み重ねですが、今、自分がすべき反省を込めた働きをさせていただくことが出来る喜びで一杯です。                                  
    これからもがんばって、過去の自分に向き合って進んでいきます。         
    あなた達も自分のしたことを、しっかり見ることのできる人になってください。   

    平成23年2月27日  SBMサロンにて復習会での上昇の時にて、Aさん受信   

     

    Posted by: kotofumi
  • 2011年03月04日

    Nさまへのお礼

    平成23年2月24日  N様へ                        
    お礼を申し上げたくて、この方にお願いしました。                 
    私達はあなた方のおかげで、生きりし時のあやまった認識で、入り込んでしまった世界にいました。この場所しかないものと思っていたのです。しかし、私達のことを理解し、仲間の一人と思っていた人が別の世界へ旅だとうとした時一緒に行きたいと思っても、鎖につながれているかのように離れない私達は、救いを待つという意味で人質として、つかまえてしまいました。その行為は、許されることではないのですが、それを甘んじて、受けてくれたのはこの方(Nさまのおじいさん)のおかげと感謝でいっぱいです。      
    あなた方々が私達の為に働くことは、多くの生きりし人々をもたすけることに結びつくことをおしらせします。                              
    私達は私達なりの働きをすることを選びました。                  
    それは、Nさんの為にしたいという心からです。                 
    このNさん個人がいなければ、あなた達につながらずこのような結果も生まれなかったのだから。                                   
    本当に心より感謝申し上げます。よき働きを期待するものより。           

    Posted by: kotofumi
  • 2011年03月04日

    水からでたこま

    平成23年2月22日
    「誠言の杜」計画の地にまつわる意識体の思い。そこに辿りつくまでの私達の思考錯誤。
     それは、正会員Nさんがサロンに持ち込んだお水が発端でした。          
     光を入れてほしいと言われ、お祈りをするが、いつもの正しい光が入らず、五分五分という思いが出て何が五分五分だろう? あれこれと考えるが、なかなか的が得られない。                              
    もしかしたら何か重大な意味があるのかも知れないと思い、積さんにたずねてみると、「そのお水をどこかにまかないといけないネ」ということでした。                                  
     結局そのお水のまかなければならなかった場所は、誠言の杜建築予定地の近くにある古墳だったのです。                               
    そこに到達するまでの、Nさん宅での出来事や、古墳に存在する意識体に向かい合う心がまえなど、いくつもの学びをさせていただきました事をご報告いたします。    

    当初は、お水をまく場所が分からず、まずはお水を持ってきたN家に集合・・・・・仏間に通して頂きAさん、Nさん、N家の本人、そして私の四人で上昇する。       
     暫らくしてAさんの交信が始まった。                      
    「大切にしていたこの土地をどうしようと言うのかと怒っている人がいる」というのです。
    結構古い人のようだが、N家の御先祖さんではなさそう。             
     Aさんの言うには、「先日亡くなったおばあちゃんはじっと見ている。        
     安心しているのか、見ていられるだけのゆとりがあるのだろう」とのこと。     
     「御主人は、今はもう、もめたり怒ったりするような世界にはいない。       
    おじいちゃんは、命の書に登録しているのにどうしてだろう?本来なら居るべき場があるはずなのに、そこには居ない。」                         
    「何かに囚われているみたいなので、生前、宗教か何かに一生懸命になっていなかっただろうか?」と尋ねている。                            
    Nさんが答えるには、「私は養女としてN家に入ったのだが、おじいちゃんは、自分には子供がいないから、将来こうなると思っていて、その思いから、若い頃よりずっと実家の御先祖のお墓に参ると必ず、無縁仏に手を合わせていたのだと言っていたことがありました」と話してくれました。                            
    その話を聞いてみんなが納得です。                       
    特にAさんが、この家の玄関をはいった時、普通の家なのにまるでお寺のような匂いがしているということも、その時すでに状況をキャッチしていたのでしょう。      
    N家のおじいさんは、命の書に登録してもらって、光の門に向かおうとした処を、「お前だけ行こうとするのか」と言われ、おじいさんはその無縁仏たちの所に留まったそうです。私達は、おじいさんと無縁仏たちの為に、机の上に最終知識の本を広げ、聖塩とそのお水をコップに入れて、再度上昇を始めました。                    
     「何でそんなに攻撃してくるのか?」  「この光は明るくまぶしすぎるかも知れないが決して攻撃しているのではありません。むしろ、あなた達を希望のある世界に導くための光です。この光は、信じようとする者には、無類の愛を感じさせてくれるものです。信じてください。」・・・しばらく沈黙・・・「動物はどうするのか?」 「動物も命あるもの全てに光は届きます。
    しかし、動物にはその世界があり、人間と一緒にはなれないのです。」・・・またしばらく沈黙・・・冷やーっとした空気に包まれる。何か空気が動いたような感じがした。 ・・・ スーッと上にあがっていくと感じたその時、Aさんが「蛇に束ねられて上昇しています」  「Nさん宅におまつりされている巳さんですか?」と尋ねると 「そうだと思う」との事。
    またAさんが、「Nさんのおじいさんが嬉しくて、うれし泣きしている。そしてこの巳さんは、上昇してまた新たなしごと(役割)をもらうみたいです。」と付け加えてくれました。
     みんなが光の門に届けられた時、「愛・わかちあい」という言葉が私の心に届けられました。
    最終知識の開かれたページには、第四章・魔の遺産のテーマの「用意ができた」という言葉が書かれていて、私の目に眩しく映ったのは偶然ではないと信じています。
     ちなみにN家の仏壇は空になりました。
    巳さんをお祭りしていたお社も、勿論空です。

    それからすぐに、誠言の杜予定地の前にある古墳に、積さんより指示のあったことを行う為に四人で向かいました。
     まず三人が古墳の前に立つ。
    Aさんが「「あなたは入るべからず」と言われたので、ここで待っています」と言って立ち止っている。
    私達三人はAさんの言う言葉に納得して、事の行う為に入口に聖塩を盛る。
     ”祈り”
     まずご挨拶、そして最初にご挨拶すべきだったことを詫びる。そしてこの地に誠言の杜プロジェクトの計画をしていること、その内容と立ち上げようとする気持ち等をご報告いたしました。
     そして、「この地に聖なる光を賜りますように。この地の意識ある者たちと共に働かせて頂けますように。」との祈りを込めて、古墳の周りに例の水をまきながら一周して、その場を去りました。

    以上がご報告です。
     誠言の杜の立ち上げまでに、人知では考えの及ばないやるべき道が敷かれている事を実感し、地の理の意味を無視してはならない大切な学びをさせて頂きましたことに、感謝申し上げると共に、天・人・地・三位一体の働きがいよいよ始動いたします。

    Posted by: kotofumi
  • 2011年02月28日

    天に向かいお約束

    平成22年10月10日、天に向かいお約束いたしましたことをご報告させて頂きます。
     この大宇宙のすべての神々に!
    今日の良き日に、精神学協会正会員・kotofumiがお約束いたします。 
    光の剣を携えるものとして、天と地の人柱となり働きます。
    天と地と、人と人の繋がりを光で結び、この地を開くことをここにお約束いたします。
    この身体は天の神、国常立の神々と共に働く者なり。
    天と地の契約の為、生まれし身として、これからの私の人生を天地人契約の下におかれし身としてお使いください。

    新しい歴史の一ページを開き、天と地の契約という壮大なスケールの元、天と地の神々と共に、誠言の杜プロジェクトをもって、御国の国造り推進を提案いたします。
    また、ここに集う我らは御国の人柱となりて、未来の新しい日の本の国造りを天と地の契約により、約束を果たさんと、これからの生涯かけての大仕事をお誓いするものです。

    過去の宗教的概念を捨て、新たな人間形成を再生することに尽力することが、過去の宗教の過ちにより作り上げた闇の清算と、悔い改めの心により、人知を神知に修正すべく光の担い手として働くことが、唯一、人類救済の道であることを座右の銘として、四国八十八か所に変わる、安住の場としての「誠言の杜」を日本中に広げることを祈念いたします。

    世の中も移ろい、時は動いている。
    自然の大切さを知り、そこにかかわる厳しさも知った。
    人の心をつかむことの難しさも学んだ。
    多くの難題と向かい合い、試練を乗り越えた同志達、また我を慕い集まった多くの魂たちに、今ここに、光を投じられる喜びと希望を添えて、過去の宗教家の過ちを許し給うことを希い願い、ここに光ある道を指し示すことにより、それを求められし事の喜びを得られんことを願うものなり。
    天に光、地に光、我に光賜わらんことを、御願い申し上げます。
    この時を待ち、天の意志の下に働き給うことの喜び、契約の果たすことの意味をよくよく知りて集うものなり。
    契約の受け賜わったその身と共に、働くことの誓い今ここに改めて、結びて、空海と共に歩みを深め、イエスの愛をかざして誓うものなり。
    御国の光いまここに!

    Posted by: kotofumi
  • 2011年02月28日

    平成22年7月18日  四国と和歌山

    平成22年7月18日・19日、四国石鎚山・剣山の御神行に連鎖した和歌山の役割に関するご報告の文面です。                           

    積様へ                                    
    連日の御神行、お疲れ様でございます。                    
    四国の蓋を開けてくださり、大峠の真っただ中に突入・・・いよいよ働く時が来た。 
     その様な思いが込みあがってまいりました。                  
    和泉・葛城山には、Nさん、Hさん、もうひとりのNさんの三人が同行してくださり、山頂に着いたのは、12時3分でした。                         
     実は、山頂付近で気が付いたのですが、登って来た道が通行止めだったこと。   
    車の前に、下りの道が土砂崩れで「通行止め」の立て看板です。          
     登り口でなぜ気が付かなかったのか?「何かの看板が倒れている」そう言いながら倒れた看板を除けて進行、それが登り口の通行止めの看板だったのです。       
     途中いたるところで土砂崩れ、「小さい車だから通れるけれど大きい車は絶対だめね」
    「ごろごろと大きな石が道の真ん中に転がって、よく通行止めになってなくてよかったね」なんて・・・完全な通行止めでした。(みんなで大笑いです)         
     やっぱり今日は、ここに来させてもらうようになっていた!みんな同感でした。  
                                           
    山頂には、龍神社と、一言主命の社が背中合わせに並んでいました。       
    この山は、1300年ほど前に一言主命が開いたと言われています。        
    辿りついた時には、本当に待って下さっていた!そんな思いがして、きちんとご挨拶をさせて頂きました。                              
     歩いて登山してきた人たちが、何組か休んでいたのに、不思議なことに、鈴を取り出した時には社の近くには誰もいなくなり、やはり人払いをしてくださっている・・・そんなことを思いながら、鈴を振らせていただきました。              
     その時、Nさんがまたもお腹の底から、音を発し真似のできないような状態になったのです。                                  
     まるで、眠っていた龍が起き上った!そんな感じでした。            
     一応、これで気が済んだと思えたところで、また別の登山者が登ってきて、私たちは別の登山道から山を下りて帰宅。                        
                                           
    その次の19日、和歌山港のみなと祭りで花火大会があり、船からの観覧に誘っていただき、ふと、山の方を見ると山にかかった綺麗な縦の虹が見えたのです。     
     まさしく葛城山です。                            
    私の家からは見えませんが、船に乗せていただいたお陰で見せていただくことが出来ました。時間は夕方6時33分でした。                      
    そして、西には四国の山並み・・・きれいな夕焼け・Hさんと二人で感動の連続なのに、周りの人たちにはこの感動が、伝わらないのが不思議でした。        
    あいにく虹の写真が撮れなかったのですが、夕陽の写真を携帯より、送らせて頂きます。                                     
    そして、20日・21日 紀伊水道震源・紀の川市周辺・葛城山系震源と何回もの地震がありました。                                
    このことからして、確かに四国の蓋が開いたことを実感しています。       
    そして、以前、積さんにお話ししたことがありますが、地球の回転と合わせて、走りながら、大きな鍵をこちらに投げて来た人影が、どうも積さんだと思います。    
    積さんが、日本の重点個所に足を運び、蓋をあけながら光の柱を立ててくださる。
    今回、四国の蓋をあけ、光文書に書いてくださっていることで、私たちの出番だと、そして大きな鍵を託された私自身の出番でもあるのだと、確信いたしました。   
                                         
    そしてこのような言葉が・・・                       
    人の身におこりしこと。                          
    この世の終わりと、始まりに、四国より繋がりて昇る光の水・命の水・鈴の音と繋がりて、音と共にしみわたる。                         
    光の水の、清き流れに、人はきずき光の扉が開かれる。            
    一言一言の言葉に光をのせて、人と人のつながりし、真の道をつたえます。   
    地が揺れ、水が波打ち、光の出現。                     
    きらきらきらきら、さざ波が海の底から光を誘う。地や海の底より、国常立の神々が、曙の光となりて、人と共に集う。                       
    天知る!地知る!己知る!  真の御国の現れしこと。            
    御国のひかりとなりて・・・。                       
                                          
    S.B.Mサロン開設での学びは、日々人が変わるたびに新たな学びをさせていただいています。                                  
    今の時点で、一番の学びは施術の時は常に、イエス様を感じ、正しく祈りを込めて、相手の身体に触れさせていただきます。                    
    オイルを塗るだけで反応が出ます。                     
    施術側の立場なのに、すごく満たされた気持ちになり、相手の体の細胞一つ一つに愛おしさを感じてきます。                           
    特に足で実感しています。                         
    こんなにいとおしさを感じたのは初めての体験です。             
    これからまだまだ喜びが一杯ありそうで、とっても楽しみです。        
                                           

    Posted by: kotofumi
  • 2011年02月23日

    平成23年2月2日

    意識の自己確認                                 
     昨年、SBM講習の受講に当たり、初回より衝撃的な事態が起きながらも、不思議だったのが、何一つ後遺症もなかったこと。 そして不安どころか、自分の心の中にあるものを確認できた事の喜びと安堵感が一番の収穫でした。(その時確認したものとは、死を超越した体験と光に包まれながら、更なる光を求めている自分を見たからです。)       
     丁度1年ブログの空白がありました。それは意図的に書かなかったのではなく、書けなかったのです。                                  
     私生活にも、色々なことがあり、許しと現実の受け入れしかないことを自覚しながらも、遣り切れない怒りの噴出と、自分の醜い一面に自己嫌悪を抱き、それでも自分の進む道に外れた思いを抱かず進もうと努力している私に、時には厳しい口調でたしなめながらも、主人や娘夫婦は、生活環境の修復に心血を注ぎ、現在の環境にも我慢してくれる家族の協力は本当に尊いものでした。                            
     この度の事態は、そうそう何処にでもあるような問題でなく、それ故に得た教訓は数知れないものがあったように思います。                        
     これも大きな学びと知れば、大きな財産です。                   
     物事の価値観や人の心の醜さや、優しさやその奥に流れる大切なものを見ることが出来るようになったのも、試練があればこそ。                   
    ここでも、精神学協会で言うところの「答えは現場にあり」気付きや学びが一杯です。 
    他人を裏切ることや自分だけの物差しで生きる生き方だけはしてはならない。     100パーセント私には縁のない生き方として、心を創っていきたいものです。                  
    「奪い合いの醜き心・分かち合いの美しき心」   天はその心を見抜き・・・かな。
    心機一転して、思い切ってブログタイトルや説明文を変えてみました。           
    一つの節目として、生まれ変わったつもりで学ばせて頂きます。

    Posted by: kotofumi
    chiisakimono さんのコメント:

    新しいタイトルでのブログの再出発、おめでとうございます。
    わたくしchiisakimonoも、 kotofumi さんの生きる姿勢には常に学ばせていただいております。今後のさらなるご活躍を期待しております。

    chiisakimono

    2011年02月23日 16:47
  • 2010年02月04日

    第2回 SBM講習会にて

    2010年1月24日。2回目のSBM講習会が行われました。           参加者は前回に比べ人数も増え、真剣な面持ちで受講されているのが印象的でした。  
    (わたし自身もそのうちの一人です)。                      
    説明が進められ、いよいよ皆さんが一番興味を持っている、聖油の作り方も教えを頂きました。                                     
     上昇して、祈りをし、イエス様の許可を頂く・・・聖油として変化しているか積さんに確認をしていただく。私自身もですが、参加者の皆さん胸がドキドキ・ワクワクだったのではないでしょうか。                              
     積さんが言われたように、その場はもうすでに清められ、あるレベルまで高まっているように感じながら上昇し、光に導かれるままに更に上昇する。            
     イエス様の光の場に到達できたと感じたところで、聖油に変えるための祈りを行う。 
     積さんの合図に合わせ、元に戻る。                       
     胸が熱くなり、抑えても溢れる涙と、心の中は、今までわたしを支えてくださっていた光の存在の方々の大きく深い愛に導かれ、今日まで歩めたことへの喜びと感動が一気に込みあがってきたのです。皆さんの手前、頑張って抑えていたのですが、流れる涙はどうすることもできませんでした。                           
     積さんが命をかけて引いてくださった道を、わたし自身も命がけで歩く覚悟です。  
     その時感じたもう一つの感覚・・・<いかに人間は罪深きものなのか>ということです。
     イエス様のように十字架を背負って歩いている自分自身のイメージが浮かびます。  
     悔い改め、目覚めることにより、光のものとして光の剣を使わせていただく!その感動は言葉では表現できるものではありません。                    
     精神学協会にご縁を頂いたその時、「いつか貴女は必ず、此処に縁を結びしものに感謝する時が来る。」とメッセージを頂いたことを思い出しました。             
     まさしくその時という日でもあったのです。

    Posted by: kotofumi
  • 2010年01月27日

    光文書VoL169(小宇宙から>に反応

    2010年1月9日のこと・・・やっと頭にかぶさっていたものが、解き放たれた!そんな気がしました。                               
    スポッと何かが外れた感覚があったからです。                   
    何度も何度も薄皮を剥ぐようにして、自分の意識が変化する。幾重にも重なった楔の封   印・・・いつ解けるのか誰が解いてくれるのだろうか?              
    開けたくても開けられない!心の中で何十年ももがき続けて来た。もどかしい思いで!
    その原因を外にあると思いこみ、いつも答えを外に求めていた。           
     過去生の中で、いつか誰かの手によって封印されてしまったのだと、勘違いしていた。
     しかしそうではなく、その閉じたるものは自分自身であったことに気づく。     
     外のものではなく、自分の内にあった。大きな過ちと深く反省する。本当に悔い改めである。                                     
     その悔い改めの中にこそ、自己を愛し許すことが他を許す大きな愛の姿が存在していることに気づく。昨年の12月、支部の例会に積さんが、はるばる大阪から車で駆けつけてくださった時、「何も無理に許そうとしなくても良いよ。」と言ってくださった言葉の本当の意味が理解できました。しなくても良い苦しみを背負って生きて来た二十数年、何と浅はかな自分だったのか、全ての人生のシナリオは自分がつくりしもの。        
     結果を求めずして、自己の意識を高めよ!である。<人生のシナリオは自分自身でつくっている>とずっと前から他人にはそう伝えて来たはず。自分でもそのようにできていると思い込んでいた。辛いハードルを、何度も何度も繰り返し飛び越えて来たつもりでも、まだまだ高いハードルが用意されている。                     
     その度に意識のレベルアップを自覚するようになっている。それを体感しながら、<知ることは担うこと!>を実感する。                        
     担おうとする自分が、知らずして何を担うのか?用意された学びであると、信じられれば本当にありがたいこと。                            
     そんな自分の心を、後押ししてくれるかのように、1月8日の光文書に目が点となる。
     <天の用意がなされた>の文字に、たった今まで頭から何かが覆いかぶさっていた感覚が一瞬にして消えた。顔全体の表情筋が正常に戻ったと・・・そう思えた。          
     昨年11月22日にあのような体験をして以来、友達等から「何故か顔が今までと違う。
     何が違うのかは分からないが、以前とは本当に違うよ。」そう言われていました。   
     これで心からの笑顔が表現できる。                        
     そう思える瞬間を与えて貰えたことに、深く感謝です。ありがとうございます。

    Posted by: kotofumi