Sekiさんって、ホグワーツのダンブルドア校長みたいな感じなのよね。ガンダルフっていう声もあるけど。Sekiさん曰く、「どうして魔術師ばかり?それにそんな年寄りじゃありません。」ですって。
このブログは、ワタシがはじめてSekiさんに会った時から現在までの会話の再収録。
  • 2010年12月12日

    別巻<命の書>

    「命の書に登録すると、登録したひととされたひとには、何かしら関係ができるものなのでしょうか?ワタシには、まだ登録したいけれど、できていない親戚や知人が、たくさんいるのですが、今年になって、そういったもともとの知り合いではない、よく知らないひとを何名か登録したのですが、登録する前とした後では、何か違うような気がして・・・。」



    「そりゃ、そうでしょ。」



    「それが、ワタシが登録して、本当に良かったのか、ちょっと分からなくて。というのも、登録してからは、首のアトピーがひどくなったりと、あまり良いことがなくて・・・。

    ただ、もし、ワタシが登録しなければ、誰も登録しないのではないか、それならあまりにも可哀そう過ぎると思ってしたことなのです。

    有名人などは、たくさんの人に知られているから、身内でないひとからも登録される機会が多いと思うのですが、一般のひとは、そういうわけには行かないじゃないですか。

    だから、ワタシはできるだけ有名人でない、身内や知人から登録しようと思っていたのですが、余裕もないので、なかなかできずにいました。

    でも、今年の春に、虐待されて亡くなった子供のニュースを見たときに、居ても立ってもいられなくなって、全く知らない子供だったのですが、登録しました。

    その亡くなり方があまりにも酷くて。何のために生まれてきたのか、ただ苦しいだけの人生だったのではないかと思うと、涙がでてきます。それで、生きている間があまりにもつらかっただろうから、せめて亡くなってからは少しでも救われたら良いなという気持ちと、同じようなことができるだけ起こらないように、もし何か兆しを見つけたら、すぐにセンターなどに連絡しようと心に決めて登録しました。

    それなのに、半年も経たない今年の夏、今度はワタシの会社の本当に近くで、ふたりの幼いきょうだいが、虐待によって亡くなりました。何日も、食べるものも飲むものもない、暑い部屋に置き去りにされて。こんなに近くにいても、気付いてあげられないのかと、やるせない気持ちでいっぱいで、せめて命の書に登録することで、この世では悲惨だったけれど、光のなかでいやされますようにと思ったのですが・・・。」



    「ここにいるから、聞いてみたら?」



    ワタシには、聞く能力はないので、代わりにその場に居た会員さんに聞いていただきました。

    2人きょうだいの、お姉ちゃんのほうだと思いますが・・・とのことです。



    ・・・・・・・・・・・・・・・・・

    お姉ちゃんに、

    ありがとうと、伝えてください。

    そこにずっと、ついていました。

    ちゃんと、わかってもらえないと、

    ゆ(行)くべきところに、ゆ(行)けないから

    認識をしてもらって、りかいを

    してもらえないと、去れない

    ので、どうも、ありがとう、と

    つたえてください。おとうとも、いっしょ

    なので、さびしくは、ありません

    さようなら。どうも、ありがとう

    あなたたちのことは、忘れません

    せきさんの みちは

    とても あかるくて、

    あたたかいので、こわくはないし、

    だいじょうぶ です。

    さようなら、

    どうも、ありがとう。

    ・・・・・・・・・・・・・・・・・



    登録して良かった。

    嬉しくてなみだが出てきた。



    「これを伝えるために、今まで君についていたんだろう。」



    そうなのか。ワタシには、ことばは聞けないので、それを伝えるために、ちょうど、登録した日から4ヶ月の今日まで待ってたってことなのか。ごめんなさい。でも、ありがとう!



    今更ながら、命の書の凄さに感動。これから、できるだけたくさんのひとを登録できるようになれますように。


    Posted by: イチキシマ
    イチキシマ さんのコメント:

    Sekiさん曰く、虐待をなくすためには、SBMが必要なんだそうです。

    2010年12月13日 09:36
  • 2010年06月11日

    別巻<家のお清め>

    「実は、以前にいただいた聖油を両親に使っているのですが、最近ワタシ自身の皮膚などにアトピーの症状が現れ、それがどんどん酷くなっていくのです。初めて熱を出した母に聖油をつけたときには、すぐに効果が現れ、通常は何日も下がらない熱が翌日には下がったりもしていたのですが、足が少し不自由な父にマッサージを続けているうちに、だんだん効果が薄れているように感じだしました。ほとんど病気をしない母が、また熱を出したときには聖油を使っても下がらず、何日も寝たり起きたりを繰り返していました。

    ワタシの能力不足で、浄化しきれないものが、自分自身の皮膚に現れたり、両親に逆流して余計に症状を悪くしているのではないかと思うのと同時に、洗面台やトイレなど水周りにいやなにおいを感じたり吐き気を催したりするようになり、もしかするとこの場所に問題があるのではないかと思い始めました。

    そこで、試しに会社に3日ほど泊まってみると、何とアトピーの症状が軽くなっていくのです。

    ちょうどそのような状態のときに、ミエルさんのブログを読んで、これだ!と思いました。ただワタシは、SBMも習っていないし、見えたり聞こえたりという能力は何もないので、できるはずがないとは思いつつも、ブログには、手順通りにすれば誰でもできると書いてあったので、Sekiさんに聞いてみようと思った次第です。」



    「じゃあ、やってみるか?」



    「ワタシにもできるのですか?」



    「やってみたら?」



    「はい。」



    ということで、聖塩と手順書をいただきました。

    「聖塩はあら塩にまぜて使えば良いから。」



    「分かりました。ありがとうございました。」



    5月最後の金曜に塩をいただいて帰ったが、翌日は仕事で遅くなったので、日曜の夜に、両親にできるかどうか分からないが、家のお清めをしてみたいと話した。一応、今の状態と目的などを話したが、ワタシの説明が悪かったせいで、ものすごく険悪なムードになってしまった。最後は父に、ごちゃごちゃ言ってても仕方ないから、塩はそこにあるからやってみろと言われる始末。準備があるから今はできないと断って、その日は休んだ。



    翌日、聞いてみたいことがありSekiさんに電話した。

    「手順書には、産土神社にご挨拶をすると書いてあるのですが、どこのことか分かりません。何となく、ここかなと思う神社はあるのですが、そこへご挨拶に行けば良いのでしょうか?」



    「まあ、行かないとできないということはないんですけどね・・・。思うところがあるんだったら、ご挨拶しといた方がいいんちゃう?そんな質問してるけど、もうやってみたんやろ?」



    「いえ、神社のことを聞いてからと思ったのでまだです。それから、気のせいかも知れないのですが、昨日、両親にお清めをすると宣言してから、もう始まっているのではないかと思うくらい、夜は寝苦しかったし、身体のそこかしこが痛いのです。」



    「宣言したら、始まってるよ。」



    「えっ、そうなんですか?じゃあ、早くしないといつまでもこの状態がつづくということですか?」



    「はよ、しいや。」



    「分かりました。早速、今日帰ったらしてみます。」



    産土の神社は、駅から自宅までの間にあるので、帰りに寄って、家に帰ったら一番にしてみようと手順を考えながら帰っていると、甥から電話がかかってきた。家に来ているとのこと。これも何かの兆候かななどと思いながら、みんなが寝静まって日が変わる少しまえから始めた。

    聖塩は、混ぜるより上に乗せた方が良いかと思ったので、聖塩を先に入れ、スーパーで売っているあら塩をいっぱいに詰めて、家の周り4箇所に置いた。前日からスタートしていたせいか、一巡目で既に清められているようには感じたが、予想していた通り、ミエルさんのように具体的な現象は何もなかった。



    「本当のところは分かりませんが、一応、お清めはできたような気がします。」



    「できたと感じるなら、できたのでしょう。」



    「お清めが終わった後に、使った塩をどうしようかと思い、家の周りの土に撒き散らしたのです。結構大量にあるので、1箇所に撒くのもどうかと思ったので、できるだけ広く撒いたのですが、翌日、地面が真っ白になっていたのを見た父に、塩を撒くのかと聞かれたので、手順書には書いてないけど、家の外も清められるかと思って勝手に撒いたことを告げ、気になるなら水でも撒いてと言い残して会社へ行きました。

    そして、仕事を終えて帰宅してみると、家の周りが濡れていたので、てっきり水を撒いたのだと思っていると、雨が降ったと言うのです。

    ワタシの会社は、隣の市ですが、その日、雨は降りませんでした。その雨で、大量に水が流れて、家の前に植わっている笹から葉が落ちて溝に流れ、かなり汚い状態になってしまったそうです。翌朝、母が家の周りを掃いて掃除をしたことで、精神的にも物質的にもお清めが完了したのではと思い、報告にきました。」



    「まあ、そういうこともあるかもしれませんね。」



    「ワタシレベルでできるなら、本当に誰でもできるということですよね。」



    「最初から、そう言っているでしょ。」



    まだまだ、完治はしないが、アトピー部分も少しずつ良くなり、いやなにおいもしなくなった。本当に読むだけでできるなんて、未だに信じられないが・・・。

    でも、最終知識を読むだけで、知能が上がるということも、実証できているし・・・。

    ワタシは、SBMやお清めを他者のためにできる人にはなれないが、自分や身内のためならできる人にはなれるのかも・・・。


    Posted by: イチキシマ
    suzushirosatori さんのコメント:

    イチキシマさん、初めてコメントさせていただきます。
    piyocoと申します。

    本日イチキシマさんのブログに勇気をいただき、私も場の清めを実行することができました。(ちゃんと清められているかどうかは不明ですが)

    イチキシマさんが書いて下さったことが、大いに参考になりました。本当にありがとうございました。

    2010年06月12日 16:27
    イチキシマ さんのコメント:

    piyocoさん、初めまして。
    コメントありがとうございました。

    こんな内容でも、
    少しでもお役に立てたのなら光栄です。

    2010年06月14日 08:47
  • 2010年01月26日

    別巻<聖別 ホホバ油>

    「やはり今年になって、巷には強いエネルギーがでているのでしょうか?実は、1月1日の夕方くらいに、突然手がこんなことになってしまって、どんどん酷くなっていくのです。」

    「ウヮ~。君、これ放っておくとアトピーになるよ。ちょっと待ってて、いいものあげるから。」



    Sekiさんに年始のご挨拶に伺った1月5日。わざわざ見せようと思ったわけではないけど、心のどこかには、言えば治るかもという期待があったのは事実だ。

    1日に突然、両方の手の甲に湿疹が現れ、かゆみで夜も寝られないくらいで、薬を付けたりして5日になっても治る兆しがない。3年ほど前にも、同じような症状が突然現れ、数週間で突然治った経験はあるが、何週間も手に包帯を巻かなければならないほど酷かった。

    なぜ、こんなことになったのか、4日間考えたけれど、思い当たらずに今日まできた。



    「ちょっと、これを手の甲に塗ってみて。」

    「あっ。これって、噂の聖別した油ですか?」

    「そう。かゆいのは手だけか?」

    「いいえ。耳の後や、首もです。」

    「じゃあ、そこにも塗って。これ、持って帰り。」

    「ありがとうございました。」



    その時、突然、原因が分かったような気がした。年賀状だ。



    年末。この年賀状を受け取る全ての人や会社が、良い年を送れますように、悪いものを代わりにワタシが受け取って処理ができますように。と、祈りながら、宛名ラベルを貼り、元旦に届くような日に、数百枚出したのだ。

    もしかすると、その効果があって、処理できないくらいエネルギーが集まって、手に現れたのではないのだろか。



    そもそも、なぜ、そんなことをしようと思ったのかというと、昨年の秋ごろにSekiさんに、ワタシのおふだを確認していただいたときのこと。

    「綺麗なもんや。」

    「そうなんですか。毎日、寝るときにはおふだを持っていますが、自分では、浄化も上昇もできているのかどうかわからない感じで、そのまま寝てしまいます。昼間も、特に浄化上昇の時間を作っているわけでもないのですが、一応浄化できているということなのですね。」

    「あたりまえやろ。浄化できてなかったら、今ごろ病気になってるわ。」

    「いつの間にか、浄化の精度が上がっていたということなのですね。」

    浄化の精度が上がっているなら、少々のエネルギーを受けても、処理できるのではないか、それで、試してみようと考えたからなのだ。

    顧客に利益がでて景気がよくなれば、ワタシの会社も利益がでるという構造なので、まず、周りのみんながよくなるようにと祈るために、はがきを使ったのだ。



    油を貰ったので、3日もすれば治るのではないかと、甘い期待を抱いていたが、前回のように、包帯を巻くほど酷くはならなかったが、治りかけては、また少し酷くなるということを繰り返して、結局3週間かかって、ほぼ完治した。

    その間に、Sekiさんとの過去の会話を思い出した。



    「君、それは、最新兵器を持った相手に、槍を持って向かっていくようなものだよ。」

    「えっ。それは、どういう意味ですか?」

    「君のやり方は、古臭いの。今は、時代が違うからね。」

    Sekiさんに会って間もない頃、浄化が少しできるようになったときに、闇のエネルギーの強い人を変えようとして、目の前で、浄化のことばを心の中で唱え続けたけれど、目が充血しただけだったことを話したときのことだ。

    「人を変えようとする前に、自分が変わらないとね。」



    ほぼ完治の報告をしたとき、年賀状が原因なのかどうかを聞いてみた。

    「そうでしょう。祈りは、効くからね。」

    「でも、さすが、聖別した油の効果はすごいですね。油を付け始めた翌日には、手の甲に小さな瘡蓋がいっぱいできて、すぐに治りそうな状態になりました。耳や首は、症状が軽かったせいか、すぐに治りました。」

    「浄化力が高くなれば、この油さえ必要ないんだけどね。」



    でも、高くなれば、さらに多くのエネルギーの処理ができるようになるから、また湿疹がでそうだし、やっぱり良いくすりがあった方が、早く治るはず。自分では作れそうにないけど・・・。


    Posted by: イチキシマ
    saearaki さんのコメント:

    私も、昨日から今日の間に、膝の付近に
    歩く度に原因不明の足の痛みを感じました。

    で、原因がよく分からない時の頼みとして、
    まずハリポン先生に聞いてみたのですが・・・。

    「これはめずらしい、関東の方に出かけられましたか?」

    「いえ。でも、関東の方と、テレビ会議で喋ってました。」

    「それでしょうね。XXとXXの位置に塗ってください。」

    ・・・と、言われて、精油を塗ると、骨の髄に響く様な痛みが、
    瞬時になおってしまったのでした。

    不思議と言わざるを得ないけれども、人とのやりとりが、
    こういう結果をもたらしたというのは、初めての経験で、
    改めて、人の影響って、こういう所にも出てくるのだと実感しました。

    私も浄化と上昇をやっていて、1回目のプログラムもやろうとしているのですが、何故か途中で意識がもうろうとして、眠ってしまいます・・・。

    早くできる様にならないと、次が出来ないんだけどな・・・。
    と、思いながら、日々過ごしています。

    2012年05月15日 12:52
  • 2009年10月02日

    16の巻<大切なもの>

    「おふだを盗られました。」

    「一体何があったんだ?」

    「昨日の夜、そんなに遅くない時間にほろ酔い気分で歩いていたら、いきなり一方通行を逆行してきた原付の二人組みにバッグをひったくられました。一瞬何が起こったのかわからなかったのですが、ニタニタ笑う若者の顔が見えて、やられたとやっと気付いたのです。それから走って交番に行くと、怪しい若者を職務質問しているから、犯人かどうか確認しろといわれパトカーに乗せられて、公園に連れて行かれたり、調書をとられて夜中までかかって、鍵もないので家にも入れず、タクシーで実家に帰って、銀行やカード会社に連絡したりしてほとんど寝ていないのですが、何が一番ショックかと言うと、おふだや初めて上昇したときから今までに書いていただいたメッセージなどが入った手帳までなくなってしまったことなのです。今からおふだを作ってもらいに伺っても宜しいですか?」

    「それは大変やったね。どこかで何かを受けてきたんやろうな。怪我はなかったか?」

    「はい。バッグを握ったせいか、爪は折れていましたが、それだけです。何を受けたかは分かりませんが、どこでもらったかは分かります。前からたまに行く店なんですが、おいしいけどママがちょっと癖のある感じで・・・。」

    「来客はあるけど、いつでも来ていいよ。」

    「ありがとうございます。」

    当時は、まだ今のようなおふだというものがなく、Sekiさんの名刺をおふだにしてもらって持っていた。1枚しかないので、手許にないとさらに酷いことが起こりそうで、来客中のお客様には怪訝な顔をされながら、名刺をもらって帰った。

    「お金だけを盗られたほうが、ずっとマシですよ。」

    「現金だけを抜いて、バッグはどこかに捨てるはずだから、君の日ごろの行いが良ければ、バッグは見つかるかもしれないし、怪我しなかっただけでも良かったじゃないか。」

    「そうなんですけど、本当に残念です。おふだが無くなったのもショックですけど、いろいろなメッセージは、もらったときは全く意味が分からなかったけど、少し能力が上がったら分かるようになるかもと思って、大事に持っていたのに・・・。こんなことになるなら、家において置けばよかった。」

    「なくなるということは、もう必要がなくなったということかもしれないし、あまり気にするな。」



    それから2年ほど経った頃だろうか、会社から帰って玄関の鍵を開けようとして、何か様子がおかしいことに気付いた。ドアについている新聞受けがめくれ上がっている。

    もしかして・・・。

    やっぱり、鍵がかかっていない。

    部屋の中は足の踏み場もないくらい散らかっていた。

    元々かなり散らかっていたが、ここまで酷くない。

    急いで、最寄の警察に電話すると、何かなくなっていますかと聞かれた。

    何がなくなっているか分からないと答えると落ち着いてくださいと言われた。

    落ち着いてるにきまってるでしょ、110番じゃなくて、最寄の警察の番号に電話をかけているくらいなんだから、と思いながら、落ち着いているけど散らかりすぎてるので何がなくなったか分かりませんと言うと、近くに警官がいるからすぐに行くとのこと。数分で5~6人やってきた。随分早いなと思っていると、同じマンションで数件が被害にあったという。そうこうしているうちに妹が帰ってきた。調べてもらうと、貴金属やバッグなど高価なものはほとんど盗られていた。

    頂き物の限定品の時計など、もう手に入らない大事なものも含めて、ひとから貰った高価なものは全てなくなっていた。

    以前から感じていたことなのだが、落としたり、忘れたり、盗られたり、人から貰ったものは、どんどん手許からなくなっていくのだ。

    もう、人からモノを貰うなということなんだろうか?



    「今度は空き巣に入られました。ほとんどのものが盗られたのですが、なぜか、自分で買ったバッグや時計など一通りのモノは残っていたので、すぐに買い足さなければキチンとした格好ができないという訳ではないのが不幸中の幸いです。」

    「空き巣と鉢合わせしてたら、モノを盗られるだけではすまなかったかもしれないよ。必要なモノなら、また買えばいいじゃないか。」

    「そうですね。何でも必要なモノは、自分で買えるようにならないとだめですね。」

    「モノやお金は、簡単に盗まれるけれど、モノやお金を作りだせる能力は盗まれてなくなることはないんだ。必要なものを必要なときに手に入れようと思うなら、お金やモノを貯めるのではなく、自分の頭の中に創造力を蓄える金庫を作るんだね。」



    なるほど。でも、頭の中に金庫を作るのはなかなか難しい。家に金庫は要らないけれど・・・




    Posted by: イチキシマ
  • 2009年07月29日

    15の巻<念のちから>

    前バージョンの正会員プログラムの念を学んだあと。

    「これってあまり難しくないというか、なんだこれって念だったのですか?という感じなのですが・・・。」

    「そうだよ。人間が簡単につくりだせるエネルギーだからね。」

    「今まで、念と知らなかっただけで、思い起こせば、子供のときから使ってきたように感じます。例えば、ちょっと気の合わないと思う子がクラスにいたとして、ワタシの前からいなくなったらいいのになと思っていると転校していったり、テストで良い点数が取れるように願うと、一夜漬けで勉強したところが出たりといったことが良くありました。両親から、何でも神さまにお願いしろと言われ続けて育ったから、本当に神さまが願いを聞いてくれているのかと思ったこともありました。ワタシは念のちからが強いのですか?」

    「普通の人より少しは、強いかもしれないね。」

    「そうですか。でも、このちからは使わないようにした方が良いのですよね?」

    「使うか、使わないかは自由です。ただ、全て自分の責任であることを忘れないように。」

    「はい。できるだけ使わないように努力します。」



    月末に資金が足りなくなるのが確実になったある日のこと。

    ついつい、何とか月末までに注文が入って入金があるようにと念じていた。使わないように努力するといったものの、今までにも結構、これで新規の取引先ができたりしたので、苦しくなるとどうしても、神頼みしてしまうのだ。

    数日すると、システムを導入したいという人から電話がかかってきた。話を聞くと、業界最大手企業と専属スタッフとして契約することになり、新たにシステムを導入する予定で、費用はその企業が持ってくれることになっているという。節税対策で年度末までに経費を使う必要があるので、早急にシステムを導入しなければならないとのこと。30分も話した頃だろうか、携帯電話からだったので、途中で回線が切れてしまった。連絡先も聞いていなかったので、冷やかしかと半ばあきらめていた矢先、再度連絡があり、見積もりを出してくれと連絡先を知らされた。見積もりを出してみると、月末に足りなくなる資金の10倍の額。やっぱり、念のちからはすごいと改めて実感した。



    ところが、見積もりをFAXしようとして、連絡先に電話をかけてみると、聞いていた会社名とは違う社名を名乗る人がでてきた。おかしいと思いながら、電話をかけてきた人の名前を告げると、そのような人間はいないとのこと。まるで、きつねにつままれたような話。それから、待てど暮らせど、その人からの連絡は無かった。一体、あれは何だったのだろう。

    「通話料金を使って、電話が途中で切れるとかけなおしてきながら音沙汰なしって、一体何のつもりなんだと思いますか?あまりにもワタシが、お金、お金と思っていたので、本当はかかってきていない電話があったと、勝手に思い込んでいるだけなのでしょうか?」

    「電話は、あったのでしょう。まあ、その意味は時がきたら、分かるでしょう。」



    最終知識にも書いてあった、Sekiさんの声であった電話の話を思い出した。

    魔界のネットワークに、ただワタシの欲望情報を流しただけなのか・・・。



    数年たって、ふと、この話を思い出し、その意味がわかった。(ような気がした)

    思いのちからは、それに反応する人には、ワタシが思っているより強く作用する。でも、それはワタシに都合の良いように人を動かすだけで、かけていたちからが外れた途端、ワタシの思い通りにはいかないし、誰にでも効くわけでもない。こんなことをしていても、本当に起こっている問題を解決するためには、何の意味もない。資金が足りなくなるのにも、意味があって、それを解決することで学ぶことがあるのに、念を使ってその場をしのいでも、意味がないということを、あの電話は教えてくれたのだ。



    それから、念のちからを使わないようにと努力している。でも、新しいアイデアを思いついたり人に何かを伝えようとするときに、熱が入ると、どうしても出てしまうようだ。思いのちからを使わず、相手に納得される説明の仕方を身に付けるのは、けっこう難しい。

    現段階で分かったことは、今までワタシは念のちからで生きてきたのだということ。使わないように努力するにつれてお金に縁がなくなることが、その証かも。


    Posted by: イチキシマ
  • 2009年06月12日

    別巻<宇宙2つ分違う>

    ゴールデンウィークに入る前に、伊勢神宮にお参りした。2歳の甥のことばに誘われて、妹一家が伊勢方面への小旅行を決め、そこにワタシも連れて行ってもらうことになった。小学生の修学旅行で伊勢に行ったが、二見浦で日の出を見た記憶はあったが、伊勢神宮にお参りしたかどうかは記憶に残っていない。伊勢に行くことが決まってから、何度かSekiさんを訪問する機会があったので、伝えておいた方が良いかどうか迷ったが、やめておいた。



    行く先が伊勢神宮でなければ、迷わず、ただの観光旅行の話をするために時間を頂くことはしないのだが、ギリギリまで迷った。Sekiさんに会わない時は、何ヶ月も会わないのに、短い期間に何度も伺う機会があり、やはりこれは話しておいた方が良いのではないかとか、ワタシごときが伊勢神宮に行ったからといって、何の影響もあるわけでもないのでわざわざ言う必要もないかとか。

    以前に、天河神社に行くべきかどうか、行ってかえってマイナスになることもあるのかどうか、と問うた時に、

    「誰と行くかやな・・・。」

    と言われたことがあったので、神社に行くということは、その他の場所に行くのとは違うと認識していたけれど、今回は観光旅行だし関係ないだろうと、言わないことに決めた。



    休み明けの月曜日、更新されていたhikariさんのブログを見て、いつもながらの勝手な解釈で、「良かった。参っても良いと前日にお許しが出てたんだ。」とホッとすると同時に、やはりSekiさんに報告しておかなければと思い、連絡した。



    翌日訪問し、

    「事後報告になってすみません。この前の日曜日、伊勢神宮に参ってきました。ワタシが行ったからといって、何がどうということも無いと思ったので、先に言わなかったのですが、hikariさんのブログに載っていた通信を見て、報告しなければと思い、今日は伺いました。全てお見通しだということをすっかり忘れていました。」

    「へぇー。伊勢に行ってきたの。綺麗かったやろ?」

    「はい。これが、hikariさんの昨日の通信です。ワタシたちのことかどうかは分かりませんが、鳥居を通る前に、名を名乗ってご挨拶し、お通りしてもよろしいですかとお伺いをたてるということだけは、以前に厳島神社に行く前に教えていただいたことを思い出してやりましたが、前日の夜に通ってもよいとお許しが出ていたということですよね。」

    「ふーん。これは、私に報告すべきことではないな。ところで私たちって一体誰のこと?」

    「妹たち家族です。今回伊勢に行くことになったのは、甥がスペイン村に行きたい~と言い出したのがきっかけなのです。それで義弟が、前から伊勢神宮にも行きたかったからと、一泊で行くことなりました。日曜日は鳥羽水族館に先に行き歩き回った後だったので、妊娠中の妹が内宮の参道の途中で、ここで待ってるから3人で行ってきてとリタイアしかけたのですが、甥がママも行くの~といって聞かず、何とか全員で本宮までたどり着けたりと、甥がやたらとはたらいたみたいなのです。」

    「甥っ子くんが連れて行ってくれてんな。」

    「そんな感じです。ワタシはあまり神社に行かないので、参拝の仕方もよく覚えていなくて、多分逆だと思うのですが、時間と距離の都合で内宮に先に参りました。そこで妹がへとへとになってしまったので、一旦は、今回は内宮だけにして、外宮は次回にしようということになったのですが、義弟がぼそっと、また伊勢神宮にいかれへんかったなと言った気がしたので、とりあえず、行くだけ行ってみようと駐車場に車をとめると閉門まで15分しかないとのこと。迷っているひまも無いので、全員で参りました。内宮ではぐずっていた甥も水を得た魚のように大はしゃぎで、まるでワタシの人生のようにギリギリ間に合ったなと笑いながら満足して帰ってきました。」

    「そりゃ逆やな。ところで、他に報告は?」

    「えっ?これが報告したかったことなのですけど・・・」

    「ふーん。」

    ・・・

    「あっ。そう言えば、仕事の話なのですが、伊勢に行く2日ほどまえに何で今まで気付かなかったのだろうというほどの、すごいビジネスモデルを見つけたのです。・・・・・これがうまく行けば、やっと今まで出来なかったことが実現します。」

    「それは、うまく行きそうやな。これから、どんどん経済が悪くなるから、そんな状況をプラスに変えられるビジネスは生き残れるだろう。うまく行ったら、ちゃんと伊勢に行きなおしたら良い。」



    いつもそうなのだが、ワタシがこれは重要と思って詳細に報告しようとすることが、Sekiさんにとってまったく興味の無いことであることが多い。それはワタシにとっての重要なことが、ワタシ自身の内面のことであることが多いからなのだろう。まだまだ自分の小宇宙の中に関心が高いという証拠でもある。

    逆に、ビジネスの話になると、ほとんどの場合、ワタシの考えを聞いて、それはいけるとアドバイスも頂ける。あたまごなしに否定されることはほとんどない。やってみて、うまく行かなければ、方法を変えるか止めるかで、あきらめない間は、次がある。なかなか成り立たないのは、まだまだ学びが足りないからだと、今なら分かるようになったが、ワタシにとってのビジネスは、小宇宙の中だけのことではないということなのだろうか。


    Posted by: イチキシマ
  • 2009年05月05日

    別巻<時空は一様ではない>

    今でも鮮明に覚えている。1990年か1991年の夏の真夜中。強烈に光る白い光の玉が北向きに寝ていたワタシの足元から頭に抜け、飛び起き、なぜか「おかあさん、ありがとう。ありがとう。」と繰り返し、涙を流してワンワン泣いたこと。彗星を近くで見たことはないが、身体を彗星が貫いたような感覚だった。

    当時は、これまでのワタシの人生の中では最悪の時期。一歩間違えば、その後の人生を狂わせるようなことを犯したかもしれなかった時期だ。ヘドロをかぶった人ごみの中にいる夢を見たのも、この頃だ。深い深い闇の中にいたのだろうことは、今なら分かるが、全てが自分中心に回っていると錯覚して楽しいとさえ感じていた。



    初めて『最終知識』を読んだ時、Sekiさんが発光するたまにたたき起こされたという文章が目に飛び込んできて、もうそれだけで、ここに書かれていることは、全て実際に起こったことなのだと信じることができた。ヘドロという言葉もでてきたり、ワタシにとっての様々なキーワードが目に付いて、今までの人生で起こったことを、勝手に解釈して読むのが面白くてしかたなかった。



    「ワタシも白い光を見たことがあるのですが、Sekiさんが見られたのと同じ時だったのでしょうか?」

    「さあ、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。時空は一様ではありませんから。」

    「その時。おかあさん、ありがとう。と心から感謝したのですが、ワタシの母に対してではないような感じがしました。一体なぜそんなことを言ったのかも思ったのかも分かりません。」

    「あなたを生んだもの、守ってきたものに対して、感謝をしたのでしょう。」

    「はじめてSekiさんにお会いした時より更にひどい状態だったワタシに、よくそんなことが起こりましたよね。」

    「本当に。あなたのために祈ってくれているひとに感謝しなさい。」

    「そうですね。でも、それから8年以上も経っているのに何の変化もありませんが・・・。」

    「そうですか?ずいぶんマシになったと思いますが・・・。」



    今考えれば、精神学協会もなく、Sekiさんの存在も知らず、落ちて闇を巻き散らかしていた時期でさえ、それ以上落ちると戻って来られないという瀬戸際で、引き上げてくれる愛の手があったということである。これは、全てのひとにあるのだと思う。でも、それが愛の手だということに気付くためには、知識が必要である。そのために精神学協会や最終知識があるのだろう。



    もし、白い光を見たときに、Sekiさんを知っていたなら、精神学協会があったなら、最終知識があったなら、もう少し早くにハタラケル者になっていたのだろうか、と思うこともあったが、したのことを知らなければ、うえのことも知れないとのことなので、これも必要な期間なのだと信じる。



    前回の<精神学協会正会員としてのワタシ>にて公開した通信の最初の部分



    2007年10月7日 PM1:23

    いちきしまひめさんへの

    でんたつ じこう

    そろそろ お役目が

    くだるで あろうから

    待っていて ください


    Posted by: イチキシマ
  • 2009年03月02日

    別巻<精神学協会正会員としてのワタシ>

    最近、光文書や正会員の方々のブログを読むと、新しい世代の人達の能力アップのスピードの速さに、ただただ感心するばかりである。

    和歌山に支部ができ、東京や様々な地域で勉強会なども行われていて、会員間で切磋琢磨することで更に能力アップを加速できる人も増えるだろう。

    速く進むということは、急激に周りの環境が変化するということ。居心地が悪くなったり、人間関係がうまく行かなかったりすることも多いと思う。速く進んでいる人には当然、大きな負担があるが、周囲の人にも自分自身の能力アップのスピードの遅さに焦ったり、なぜあの人にできて私にできないのかと羨ましがったり妬んだりする気持ちを抑えるための試練がある。

    その試練を軽減するために、このブログを書いているわけではないが、ワタシのスピードの遅さに、敵う正会員はいないだろう。



    精神界とコンタクトをしてコトバを受け取り、その他の人たちに伝えるハタラキをされている正会員や、光治療などで人の病を治すハタラキをされている正会員、地から出るスピリチュアルなマイナスエネルギーを浄化するというハタラキをされている正会員の方々など、普通では考えられないような能力を持つ人たちが続出するなか、ワタシには何の能力もない。言葉が受け取れる人を羨んだり、能力もないのに正会員で居続けることは、返って精神学協会の名を汚すのではないかと悩んだ時期もあったが、Sekiさんに「いろんなタイプの人がいるから気にしない。」と言われたこともあり、それを信じてマイペースを貫いている。

    一度、サチラボさんが主催する勉強会に、こっそり出席したことはあったが、協調性ゼロのワタシには、会に集うのは向いていないようだ。ワタシが会員交流の場を主催することはまずないだろうし、正会員のどなたかが主催される場にも顔を出すこともないだろう。だから歩みが遅いのかもしれないが、今後も、カメのごとくワタシなりに精一杯のハタラキができるよう歩き続けるだけである。

    そんなワタシでも、精神学協会とは無関係の、仕事関係で会う人たちからは、ワタシと話していると元気が出るとか勇気付けられると言われることがあるので、正会員でいることの意味はあるのだと信じる。



    Sekiさんからも言われ、ワタシ宛だとコトバを受け取れる人からもらった通信にもあったが、

    —————————————————————————

    たにんの ために はたらいて

    てばなすことを 知ったものは

    自らが 得たものが

    何だったかを

    知っておる はずじゃ

    正しく書き込みが

    なされているとは

    そういうことじゃ

    自らが 学び得たものが

    金銭には かえられない

    ことぐらい

    知っておる はずじゃ

    あとのものが さきになり

    さきのものが あとになる

    りくつ とは

    どうぞ お先に

    お通り くださいの

    意識を持つことが

    できるものでないと

    ただしく はたらくことが

    できないからじゃ

    われさきに

    じぶんのことしか考えられない

    ような にんげんには

    その みちを くることは

    できない からじゃ

    だれも それを

    見ていないと

    おもっていても

    おてんとさまは

    見ていなさるよ

    —————————————————————————



    このコトバがあたまのどこかにある限り、意識を高く持っていることができる。

    ハタラクことができる。


    Posted by: イチキシマ
    pekapeka さんのコメント:

    お久し振りで~す。
    あの上昇会以来ですね。
    私もどん行で参りますゆえ~。
    タイムリーな通信のお言葉、ありがたく頂戴します。

    2009年03月02日 12:12
    belleza さんのコメント:

    こんにちは♪
    イチキシマさんは覚えてないかもしれないけれど、私もあの時の上昇会にいたものです。
    私は、さきのものでも、あとのものでもない、中途半端な立ち位置の、歩みの遅い亀。「たにんの ために はたらいて てばなすことを 知ったもの」ではないのですが、この通信を公開して下さったことに感謝しています。励まされると同時に、自分の中の新たな闇に光が差しました。ありがとう。

    2009年03月02日 13:24
    chiisakimono さんのコメント:

    こんにちは(^^)。
    ブログが更新されて、うれしいです。
    それも、今、必要な言葉をくださって、ありがとうございます。
    亀やナメクジのごとき速さでもいいので、前を向いて、道筋からそれぬように、動いていきます。元気でます。
    イチキシマさん、本当にありがとうmom

    2009年03月02日 20:18
    イチキシマ さんのコメント:

    jizasuさん
    ご無沙汰しております。
    いつもコメントをありがとうございます。
    お元気そうで何よりです。

    bellezaさん
    コメント、ありがとうございます。
    ほんの僅かの会員の方にしかお目にかかっておりませんが、
    皆さん、もちろんbellezaさんも、覚えています。

    chiisakimonoさん
    こんばんは。
    前回の更新から1年3ヶ月も経っていたのですね。
    コメントをありがとうございます。

    —-
    ブログの更新が、少しでも皆さんのお役に立てたなら、
    それでワタシは満足です。
    新しい時代への変わり目に、起こったことを、
    できるだけ記録として残して行きたいと思っています。

    2009年03月03日 01:46
  • 2007年11月16日

    別巻<精神学>

    前回の更新からちょうど丸一年。

    プロジェクトの進捗が記載できないばかりに更新が滞ってしまいました。



    本日は、最初期の会員のひとりで、

    精神学などという言葉がなかった時代を知っているワタシとしては、

    ウィキペディアの「精神学」という項目に、

    削除を提案している人物の主張が

    本質的に間違っていることをお知らせする義務があると思いました。

    削除提案者は、「精神学」が一般的であると主張していますが、

    その根拠は一切示されていません。

    ウィキペディアの内容について、ワタシが読む限り、

    事実を伝えているだけであり、

    宣伝臭のようなものも感じられませんが、

    皆さんはどう感じられますか?

    まあ、一度ご覧になって判断してください。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E5%AD%A6


    Posted by: イチキシマ
    pekapeka さんのコメント:

    こんにちは、
    ウィキペディアでコメントを書いたりすると、思想なんかで、その人を調べられると聞いたので、見るだけにしています。ウィキペディアの組織自体もえたいが知れません。

    2007年11月16日 18:21
    haripon さんのコメント:

    協会に力がついてきた兆しだったらいいなあ
    そもそも積ギャラリーに爆弾が放り込まれるくらい社会的影響力がないと活動の意味ないですもんね
    爆弾飛んできても死なないでね、積さんkomyoshiさん(。・ω・)
    ウィキペディアの件よりもイチキシマさんがまだ活動してたって事にびっくりしちゃいましたよ(・ω・)

    2007年11月17日 09:51
    イチキシマ さんのコメント:

    jizasuさん、こんにちは。
    hariponさん、はじめまして。
    今までにウィキペディアにコメントを書いたことがないので、ちょっと調べているところです。

    次の更新もいつになるか分からないほど活動していないワタシですが、会員である限りこのブログは生きているんでしょうね。

    2007年11月18日 16:10
    chiisakimono さんのコメント:

    イチキシマさん。お久しぶりです(^^)/。お元気そうで安心しました。最近ブログの更新がないので、どうされているのかが、気になっていたんですよ。

    ウィキペディアの件、拝見しました。
    「精神学」についての項目があったのは、少し前から気が付いていたんですが、最近になって削除要請が出ていたんですね。びっくりです。ところで、ほかの「あきらかに新興宗教」のカテゴリーに入るところも調べてみましたが、そこは問題になっていなかったようですね。ペカペカさんが書いているようにウィキペディア自体が、ある種の組織による情報収集と情報操作を行なう場ということも考えられます。グーグルなどもこれに入っており、検索した時の精神学協会のヒット数が10件ぐらいなのも、グーグル側でアップを規制されている可能性が大です。出されては困る情報を発信している人は、リストアップされているようですね。

    ところで、積さんが「来年から精神学協会の会員数が増える」と言っているのは、きちんとした確信があってのことだと思います(未来が見えている)。会員が増えるなら、爆発的に増えるための何かの動きが前提としてあるはずです。可能性としては、現会員の創作物、またはクリエティブな活動の結果とも考えられるのですが、どうでしょうか?。

    積さんひとりでは、活動の広がりに限界があります。初期の会員さんが中心となって、光の能力を発揮していくことで、一気に環が広がると思うのです。それが、来る2008年だとすれば、もう少しですね(^^)。イチキシマさん、せひともベンテンサイトも復活させてください。私もモニターとしての成長が記録できるように、がんばりますから。

    2007年11月18日 17:42
    pekapeka さんのコメント:

    イチキシマさん
    先だっての、ぶしつけなコメント失礼しました。外出していて直せませんでした。
    fujinomiyaさんフォローありがとうございます。
    人気ブロガーが二人体の調子が悪くなったという関連で見た気がするのですが。どこにその件があったか、探しましたが、見つかりませんでした。

    2007年11月19日 19:37
    イチキシマ さんのコメント:

    fujinomiyaさん、ご無沙汰しております。
    今、ベンテンサイトの運営ができていないのは、ワタシでは役不足だからなのだと思います。ごめんなさい。

    jizasuさん、失礼だなんて思っていませんので、お気になさらないでください。

    ウィキペディアへの書き込みの方法がよく分からなくて時間がかかりましたが、先程コメントを入れてみました。
    もし、みなさんが心配されているような何かが起こったら、こちらで報告しますが、たぶん大丈夫でしょう。
    大丈夫なのが確認できたら、議論に参加されてみてはいかがですか?

    2007年11月20日 03:25
    chiisakimono さんのコメント:

    ご報告(^^)お待ちしております。議論できるほど、頭が理系でないのが辛いんですけど。がんばります。

    2007年11月24日 23:38
    イチキシマ さんのコメント:

    結局、独自研究だとの理由で削除されてしまったようです。
    調子が悪くなるような問題は起こりませんでしたが、ワタシがコメントを入れた後で数名が入れた削除を求めるコメントを読んでいて、今後は関わらないでいようと思いました。

    2007年11月28日 22:53
    chiisakimono さんのコメント:

    イチキシマさん。ご報告、ありがとうございました。
    数名が入れた削除を求めるコメントが具体的にはどのようなものなのかわかりませんが、世の中には思い込みの強い人が多いので、関わり合いにならない方が正解だと思います。せっかく「精神学」の(^^)メジャーデビューだったのにもったいなかったですが、その分、ベクトルのある人間が研鑽していく方向でがんばりませう。数年先には、なつかしの笑い話になっていますよ。

    P・S
    数種類のコメントを読みました。
    オタク化して、変な権威が存在していますね。苦手です。

    2007年11月29日 01:57
  • 2006年11月16日

    別巻<犯罪被害者追悼サイト>

    抑えようとしても抑えきれぬ怒りに頭痛が治らない。

    ことが起こってから期間は経っているが、ワタシが知ったのは最近になってからだ。

    知人が殺されたのだ。



    社会的にも責任のある立場の、年齢だけは大人の人間によって、

    明るく豊かな社会の実現を目指す指導者たらんとする人たちの集まりの場で、

    呆れるほど馬鹿な方法で。

    何の理由もなく。



    逮捕されたのは、その場にいた人間の20%相当数。

    今の時点で逮捕されていなくても、止めさせようとしなかった人間も共犯といえる。

    度数の高いアルコールをかけて火をつければ、燃えるということが分からなかったのか。

    深刻なのは、将来日本を背負って立つことを目標にしている人間の集まりの中に、これほどの割合で、思考が停止している人間がいるということだ。



    事件に対する、この団体の代表は、「大変遺憾に思っております」と、まるで他人事だ。

    遺憾という言葉の意味を、ワタシは取り違えて覚えてしまっているのかと心配になり調べてみた。



    遺憾(いかん)とは、一般には、「思い通りに事が運ばなくて残念だ」という意味である。英語では、regret、shame、indifferentなどの表現で表される。

    外交における「~は遺憾である」という声明は「~は為されるべきではなかった」という見解の表明である。自らの行為に対しての言及であれば非を認めたこととなり、相手の行為に対する言及であれば非難となり、第三者の行為に対する言及であれば旗幟の表明となる。ただし、いずれの場合も劇的な対処を行わず事態を収拾せんとする意向を暗示するものであることが多い。

    出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』



    そのまま放っておけば、いつかみんな忘れてくれるだろうとでも思っているのだろうか。

    このままでは、知人はただの無駄死にだ。



    何かできることはないのか。

    そう考えているとき、以前にSekiさんより伺った話を思い出した。

    Sekiさんと奇跡力のページで対談されている元刑務官で作家の坂本敏夫さんの『犯罪被害者追悼サイト』構想だ。

    お花や弔電の変わりに、祈りと追悼のことばを、1000円程度の参加料を支払って登録する仕組みを作り、集まったメッセージを遺族に届けるとともに、収益を遺族への献花料、防犯活動、犯罪被害者への支援活動に寄付するというものだ。

    マスコミが騒いで各メディアに取り上げられても、恩恵を受けるのは、マスコミ各社のみ。

    被害者や遺族に対するケアや補償などは、報道の大きさに比例しない。

    被害者や遺族は、マスコミの騒ぎが収まった後も、生きていかなければならないのに。



    『犯罪被害者追悼サイト』構想を聞いたとき、確かに必要なことだということは分かった。

    ただ、急を要することのようには思わなかった。

    でも、今回の知人に起こった痛ましい事件は、特別なことではないのかもしれない。

    いじめを苦にした自殺、虐待などの犯罪は後を絶たない。

    ワタシに何かできることがあるとすれば、それは、このサイトの立ち上げに協力し、1日でも早く、活動を開始できるようにすることなのではないか。



    Sekiさんに伝えると

    「立ち止まっている暇は無い。前に進もう。」

    と、おっしゃった。



    Sekiさんが言葉に出して意思表示されるということは、進めるということだ。

    出版プロジェクトのように。

    Posted by: イチキシマ