• 2012年04月08日

    祈り

     

     

    空 な る


    み の り の


    い き つ か ひ


    宇 宙 に い の り


    み ち み ち る け ふ

     

     

     

    Posted by: belleza
  • 2012年03月31日

    進む


    昨日のブログで紹介した 自然栽培農家さん
    の 言葉のなかで すきなもの。

     

     

    焦 ら ず   急 ご う

     

     

     

     

    Posted by: belleza
  • 2012年03月30日

    意識の流れ:「決める」ということ <2>


    私についていうならば
    仮に 原子力発電が100%安全なものとなったとしても
    これから描く未来に それを採用することはありません。
    以前のブログでも記したと思いますが
    地下資源 地球の大地を奪って運営する社会が 未来の姿として正しくない と考えるからです。これからの人のありようとして うつくしくない と考えるからです。

    その立場からすれば、エネルギーだけでなく 食器や建築といったものも含め 社会のあらゆる構成要素を見直す必要が出てきます。

    もちろん 明日からいきなり 地球の大地から何も持ち出さないで運営することは 無理でしょう。しかし 行く先を決めなければ そのための橋渡しのアイデアも技術も 生まれようがありません。


    何かに興味を持った時 それに関する情報や体験や気づきが不思議と集まってくる経験をしたことのある方は、少なくないと思います。“ワールド・カフェ”で「問い」を大切にするのは 掲げた問いに意識が導かれることを知っているからです。
    ですから いま 私たちは、
    少なくとも 私たちの社会がもたらした今回の事態(*原発事故だけではなく大震災が与えた大きな被害も)に日々直面しなくてすむ私のような方たちは、

       できるか できないか ではなく
       どうしたいのか
       どう生きたいのか

    を考え 決めることが 必要ではないだろうか、と思うのです。
    もしかしたら そのことによって間接的に多少なりとも問題解決に向けた動きをサポートできるかもしれません。


       だれかが 決めてくれるのを待つのではなく
       だれかが そう言ったからではなく
       自分が決める のです

    ***


    昨年、半年間に渡る自然栽培の講座に 参加する機会がありました。
    その中で 講師の農家の方が 「土」という文字を取り上げて 繰り返し私たちに伝えたことは

       どうしたいのか
       なにをやりたいのか

    という 生きる上での理念となる“縦軸”を立てることの大切さでした。
    「縦が決まれば 横軸となる方法は自然に集まってくるから」と。
    約40年に及ぶ自然栽培農家としての経験から得られた血肉となった言葉は 聞くものに説得力と勇気を与えてくれます。私が無謀にも思える Ri-デザイン研究所の立ち上げを決めたのも その方の言葉に支えられてのことでした。

       できる できない
       ではなく
       どうしたいのか

    ということは 昨日のブログの冒頭に記した

       使えるけど 使わない
       できるけど やらない

    あり方とつながってきます。


    私たちは 人を殺めるものを含め
    様々な技術やシステムや知識や能力を手にしてきました。

    そして今
    その中から何を選び
    そして未来に何を描き 何を創るのか…

       原子力発電の問題も
       正確な現状認識と 私たちの手にしている技術の現実 に基づき、
       描いた未来と現在をつなぐための手段として
       適切かどうか 選択するかどうか を考えてほしいと願うのです。

    3.11という 多くの…本当に多くの犠牲を払い いまも払い続けている出来事に向き合っている(あるいは 向き合わされている)私たちは
    税制や経済といった社会の仕組も含め
    「未来への選択」という決定を いま 求められているのだと思います。

       人の意識が 現実をつくってゆくのだとするならば…

    ひとりひとりが
    自分の責任において
    自分で決める
    ことが 求められているのではないでしょうか

       わたしは
       そして
       あなたは 
       いま このとき
       自らのエネルギーを 何に注いでゆこうとしているのでしょう

    それは自らへの問いであり また
    “未来という希望”から投げかけられた問いでもあります。

    <おわり>

     

     

     

    Posted by: belleza
  • 2012年03月29日

    意識の流れ:「決める」ということ <1>


      「2色しか知らない人がその2色で描く絵と
       100色知っている人がそのうちの2色を選んで描く絵では
       同じ2色を使ったとしても まったく違うものになると思うの」

    という ある方の言葉を このごろ折に触れ思い出します。

       使えるけれど 使わない
       できるけど やらない

    それは 自らのありようを決める ということです。

    ***

    福島での原子力発電所の事故は 解決の道筋が見えないまま ある種のこう着状態が続いています。そして そんな不確かな状況のもと 現場で命をかけて最善を尽くしている方々がいます。原発を利用する社会から脱していこう という意識が高まりを見せつつ、しかし一方では 従来の社会システムを保持するべきだ という意識が 一度は原発を手放したいと思った方たちの間でも芽生えているようです。

    そんな中 私がふと思ったのは、
    放射性廃棄物が問題なく処理できる技術を私たちが手にしたとき
    原子力発電所をめぐる世論は どうなるのだろうか
    ということでした。
    放射性物質の危険性という“現実”を思えば そんなことを問うよりも
    被災した炉や廃棄物に対応できる技術がまず必要で
    それから先のことは そのとき考えればいい、
    という反論が投げかけられるのは百も承知の上で…。

    仮に放射性物質を完全に処理できる技術を発見できたとすれば
    現在の溶融した炉心や廃棄物や瓦礫の問題は解決に向かうわけですが
    それは 原子力発電所の危険がゼロになる ということでもあります。
    そのとき
    いま脱原発を主張している方たちは どういう選択をするのでしょうか。

    危険だから止める
    安全性が確保されていないから止める
    というのは とてもまっとうな感覚であり選択です。
    物事を判断する上で 必要とされる適切な思考です。
    しかし あえてここでは それを前提としながらも
    ではもし その危険がなくなったとき どうするのか…
    と問うてみたいのです。
    それは 危険性を超えて その技術を 私たちの社会がどう位置づけるのか、
    もっというなら その技術によって具現しているシステムを 私たちは未来においても選択し続けるのか、という自問となります。
    そして今
    こんな緊迫した状況にある今だからこそ
    二度と経験したくない出来事に遭遇してしまったからこそ、
    私たちは 危険性だけに目を奪われることなく
    深い痛みとともに
    可能な限り広い視野を持ち これから先の長い未来を見据えて
    この社会を見直すことが必要ではないかと 思うのです。

    <つづく>

     

     

     

    Posted by: belleza
  • 2012年03月28日

    いきる


    「体験」を 用意することはできますが
    「経験」を あたえることは できません


    「経験」には
     本人の意志と自覚が必要なのです


     いきる とは 意起流
     意志が目覚めて流れること…


     それは
     うまれた意味を 知ること
     なのかもしれません

     

     

     

    Posted by: belleza
  • 2012年03月27日

    ばらの ながれ(その2)


    ふしぎなばら の 昨日の写真。

     

    Posted by: belleza
  • 2012年03月27日

    ばらの ながれ


    ふしぎなばら の 昨日の写真。

     

    Posted by: belleza
  • 2012年03月27日

    いちりん の ふしぎな ばら


    昨年の暮れも押し迫った12月30日
    あるイベントで 主催者の方が行っている東北支援の活動へ寄付したところ 一輪のバラをいただきました。その花が この冬ずっと咲き続け 3ヶ月が経とうかという今日の時点でも 花びらの縁はかなり褐色になってきたものの まだその姿を留めています。

    あまりにも不思議なので その花を提供したお店へ問い合わせてみたのですが、「お花が入荷して最初に水揚げをするとき 水上がりがよくなる液体につけてから水につけていますが それでも2週間ぐらいが最長」とのお返事をいただきました。(そのお店の名前を記憶してたこと自体 不思議なことでした。)

    そのバラの置かれた環境は 下に載せた お店の方への返信文に記した通りです。
    長持ちした要因として 場のエネルギー を思いましたが しかしそれも、家の浄化は シンロジカル・ボディ・メソッドで場の浄化方法を教わった時にやったまま あとは 円錐型の塩で結界を築いていた時期がしばらくあったくらいで、夏場に塩が吸収した水分で床が濡れてしまうため円錐形の塩を置くのはやめ その後はずっと 塩を入れたピルケースと手持ちのクリア・クォーツを 家の四隅に配置していて しかしその塩と石も 一度取り替え浄化しただけで放ったらかし という状態なのでした。(*石については 本来あるべき大地に還すのが筋だと考えており いずれ時期がくれば そうなる/そうする だろうと思っています。それまでの間 目の保養と気休めに いくつかを部屋に飾っているのでした。)

    あと考えられるのは お花をさしていたお水ですが それもまた 半年以上フィルターを変えていない浄水ポットからのものであり、マツリヌシ講座の最終回に積さんにセイベツしていただいたお水の一部を注いだものの その後は特にセイベツすることもなく…。残された可能性としては お水を注ぎきった浄水ポットの底にかすかに残った水が 連綿とエネルギーを転写していたのかもしれない ということでしょうか。(*19:25追記:これを書いた後で このお花を生けたのは 最終回のマツリヌシ講座より前であったことに気づき、その可能性もなくなりました。)

    あるいは そのバラが持ち合わせていた 生命力なのかもしれません。


    添付した写真
    上は ほぼ2ヶ月経過した2月26日のもの
    下は 昨日のものです。
    枯れているのに 凛 とした佇まい
    蓮の花を連想しました。

     

    ///////////


    株式会社 **
    ○○○○○さま


    さっそくのお返事 ありがとうざいました。
    3ヶ月もお花が持つというのは この冬場の時期であっても 珍しいことなのですね。


    バラを飾っている我が家の玄関は 家の中心から見て北西のコーナーに位置していて
    西側に玄関のドアがあり 窓は北側ですから
    直射日光も当たらず 一日中 温度が安定した場所と言えます。

    しかし お恥ずかしい話ですが 「お手入れ」というようなことは何一つしておりません。我が家は比較的に緑に囲まれた環境にあるため 窓の外を眺めれば 四季折々の自然を楽しめることもあり、もちろん 生来の無精も手伝って
    家の中に生花を飾る という習慣を持ち合わせておりません。
    (でも ごくたまには飾ることもあり 飾れば花の存在感に心身ともに満たされるのですが。笑)

    ですから まめにお花に気を配る という習慣もございません(苦笑)。
    今回のバラも 夜のイベントでいただき 終電間近の電車で帰宅して
    包装されたまま 台所に放置(すみません・・・)。
    翌日 お昼近くになってようやく お水につけて飾った次第。
    そして そのお花の存在感と そこから放たれる心地よいエネルギーを毎日感じながらも
    「手入れ」という概念はすっぽり抜け落ちていて、
    ある日気がついたら 瓶の中の水がなくなっていたので
    あわてて 水をさした という状態なのでした。
    たぶん その時は 1ヶ月(*もしかしたら2ヶ月?)はゆうに経っていたと思います。
    その生命力に驚いた私は 今度はあえて実験として
    新たに入れた水を それまで同様変えることなく 今日まで様子を見てきたのでした。
    ですから お水を換えたのは 一度だけ ということになります。

    そのお水も 半年以上フィルターを交換していない浄水ポットからのお水で
    特別なものではありません。

    ですから
    きっと **さんがお花に何か特別なことをしているに違いない
    と思ったのでした。

    今年の冬は冷えましたから
    お花が冬眠状態だったのかしら
    とも考えたのですが
    でも この3ヶ月間のバラの存在感を思い返せば
    とうてい冬眠していたようには思われず…。
    返す返す 不思議な気持ちになります。


    いのちあるもの の ふしぎさ なのでしょうか。

     

    ついでながら 今のバラの状態をご報告しますと…
    この間お送りしたメールに添付した写真を撮った直後に
    変色した花びらが気になって 一番外側の花びらをすべて取り除いたのですが、
    きっとそれが原因なのでしょう
    昨日 花びらが一枚 落ちてしまいました。
    他の花びらも 周辺が褐色に変色してきています。
    ですが
    愛着もあるのでしょうか
    そんな姿になっても
    うつくしい と思ってしまうのでした(笑)。


    belleza

     

     

    Posted by: belleza
    belleza さんのコメント:

    今年は梅の花も長く咲き続けていますから もしかしたら 今の状況が「そう」なのかもしれません。そういえば 梅も そしてこれから盛りを迎える桜も ともにバラ科ですね。

    2012年03月28日 10:16
  • 2012年03月26日

    かこ という いま


    くりかえし くりかえし
    おこってきたこと

    あらたに そうぞうされたものなど
    なにひとつなく

    くりかえし の じくう のなかに
    いきている

    すすむために
    ふりかえってばかりいる

    わたしたち

     

    みえない じくうに
    ききみみを たてろ

    みらいのための といを
    はるかかなた
    みずからの うちとそとに
    なげかけろ

     

    「いま」という時空を
    現在に すすめるために

     

     

     

    Posted by: belleza
  • 2012年03月25日

    もものひ(ことば 2012/03/25)


    (3)桃の日の

    祝 の日に くくの身の者 の 行く道の 荷の 払いにて こ この身に いのりのみちの 故 みきて こよいに 乗せるる火(秘)の元の
    國のもといの夢ときて ののみにのせて ゆきゆきて
    真なる宇宙の構造のイキミチの ゆくみにて ののみのゆゆみの うみのみに のの
    イキのミの う みの み に くれし ものもの ゆきゆき に
    シマのものもの
    ゆきて
    もの
    かたり
    しむれば ののひの ものの みにのせて
    くひなく

    くみの ほほのみに みの
    の ユきみの く ににみて のの
     ゆき
     いの
     みの
     う んのみに くくのみの
     くにうみにて
     のの おくにて いの きにてのの みの ゆくえの
     みのりにて ほほのみの き
     きに ゆくもの
     の
     みことば
    行く者の衣に桜の染められて 繰る繰る絲のうつくしきかな
    (14:32)

     

     


    【追記】
    *桃の日:昨日3月24日(土)が 旧暦の三月三日でした
     上記のことばに関係あるのかないのか わかりませんが 参考まで

     

    神ツクリ(=神の構造)の おわり
    神のものかたりの おわり

    いまやっと
    人の意識は
    ビッグバン あるいは インフレーションの時期を
    迎えたのかもしれません

     

     

     

    Posted by: belleza