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Vol.549

いやしろち

この二千十七年の五月十三日に、私は岐阜県の東白川村で無肥料、無農薬茶の生産をしている会員の方を訪ね、その村と隣の白川町という場が、このクニの未来のために残されていたある種のフロンティアであることを発見してきました。この発見は、私ひとりのものでなく、同行したあるレベルの精神界とのコンタクト能力を持つ会員にも共有されているはずです。それは、人知の情報ですが、今回の訪問の最後に、白川町にある大山白山神社に行ったときには、シラヤマヒメが待っていて、これもまた仕組みであることを伝えてきました。
どういうことかというと、このクニの国土をこの状態にした、敗戦後のGHQの農地政策から続く、一貫した日本型の農業破壊の方向をくい止める道は、水源に近い中山間部の活性化しかないということです。
このクニの大地は、やはり国祖たる神格のご神体であり、その土地に生きるものたちには、おのずと土地への尊崇の念が生じるという、人間と自然が調和した波動が生まれ、その要となるところに、古くは石が、次には神の社が配されてきたわけです。この原型的な風景を持つのが、仏教寺院のない現在の東白川村ということができます。シラヤマヒメは、それこそが、仏魔が来たる前の日本の原風景だとして、明治期に、用意され、その土地の目的を果させるため、ある人物を、守り育ててきたのだと主張しています。
この日本の農の救済計画は、かつて、大本教から出た岡田茂吉が担ったものと似ていますが、精神界のデータによれば、それもまた、大本教と同じく型であったということになります。
いま進行中のことは、宗教団体の教えなどではなく、神理として、日本列島に置かれたプログラムの発動だといっていいのです。
この日、私がかねてより問題としてきた、日本の農の精神的指導者たちの限界を突破することが、精神界の仕組みのなかにあることもはっきりしました。その問題意識というのは、「福岡正信のわら一本の革命は、なぜ成功しなかったか?」というものに代表されるのですが、植物は個人の精神的波動に感応するのであって、かならずしも、その農法というような技法を順守するだけでは同じ結果は得られない、というものです。
私は、かねてより、科学は魔術の子だとお伝えしています。その科学技術から生まれた発想では、これからの真のブレークスルーはないということが理解できれば、ここで私が感知した、日本の農の可能性が、ほんとうのわら一本の革命につながるムーブメントになることの重要性がわかるはずです。
すでに道はついています。たぶん、目覚めた日本人なら、これから開かれる時代の扉の先に、他人の持つものを欲しがる人間は進めないことを知っているはずなのです。
この大地の持つ精神界的データは、ウブスナの神のデータとして、私たちのたましいに投影されています。そのたましいのなかのデータを結びつけている力をつかさどるのが、シラヤマヒメ、またの名を菊理媛なのですが、その力は、人間のたましいと同じように、日本列島における精神界のデータともむすんでいます。このことを改めて、人間世界に告知すべきタイミングというのが、どうやら、この二千十七年の五月だったようです。
残念ながら、日本列島以外の地球の大地からのデータは、多くの地域で、人間のたましいにまた投影される段階には到っていません。そうなるためには、妬むものである、という一神教の時代を卒業しなければならないというのが、地球のルールなのです。それを、人知の側で、世界で最初に越えたのが、あの聖徳太子の十七条憲法だったということを、思い起こしてください。そこには、はっきりと妬むな、と記されています。日本が卒業した妬むものたちの文明から、妬まれ続けているのが現在の日本だという自覚を持てば、このクニの中で「いやしろち」は拡がっていくはずなのです。

二千十七年五月十八日 積哲夫 記