ようこそ

第63回 配信

私…: ※:③愛と性とエロスについて-No.1
(収録:2017年11月24日(金)、新潟県糸魚川市、ぬながわひめ神話、最期の瞽女宿(ごぜやど)、秘境パワースポット島道鉱泉で聖別島道鉱泉水を製造して、帰りの北陸高速道路の車中で収録しました。)

私…: 「生命について、の次にお聞きしたかった内容です。『愛と性とエロスについて』です。
生命の発生、個体でいうと1個の受精卵が細胞分裂をして、心臓が出来て、脳が出来て、背骨が出来て、魚の形になります。生殖器はもう早い段階で、心臓が出来てくる時には生殖器の一部が現れると聞いています。
また、生命として、生殖機能というものはとても大事なものということを聞いています。
それでお聞きしたいのは、『最終知識』にも記載があるように、『性エネルギー』というものはとても強く、若い人達ではS・B・Mなど、エネルギーを感じる能力には邪魔になったり、光と闇のエネルギーを見極めるのに、過度の『性エネルギー』が強く影響を及ぼす、ということはあるのでしょうか?
つまりある程度年を取って、性エネルギーが減少しないと『浄化力』は上がらないのでしょうか?」

積先生:「何田さんが聞きたいのは、何なのか。質問の意味がよく解りませんが…。生命はエロスというか、性行為から生まれますが、人間の場合、まあ若い男の子と若い女の子がエッチ(SEX)したいな、というは昔からの自然の摂理です。
そこに『婚姻制度』というものが入ってきて、子供を育てるためには最低でも二人の共同作業が必要です、という認識が今までの社会です。
ところが、その社会の男女を取り巻く、仕組みや認識が、今、壊れつつあります。

私…: 「壊れつつある・・・。」

積先生:「だって、『生殖』と『性的快楽』がもう分離しているのです、20世紀で。

私…: 「あっ、『生殖行為』と『性的快楽』は分離している・・・ので、しょうか?20世紀で。」

積先生:「20世紀の前半まではまだそれほど分離していなかったと思います。人間はささっと子供を作って育てて、さっさと死んでいったから。

それで何田さんの質問の、人間が若い時には『浄化力』がある、ない、というのと、今の『性』のお話しは、繋がりましたか?何田さんにとって。」

私…: 「いえ、まだ繋がっておりません。」

積先生:「はい。一番重要なのは、20世紀に『エロスを快楽のために分離した結果』として、人間は、多くの人間は『魔界に誘われる(いざなわれる)』ようになってしまったのです。
欧米の悪魔の儀式って、必ず性的行為を伴うでしょ。

私…: 「はい、それは知っています。」

積先生:「なぜですか?そこを考えてみてください。」

私…: 「性的エネルギーで、理性を邪魔するためか、それとも本能を呼び覚ます、ためでしょうか?本能の邪悪な部分というかそれを呼び覚ますという・・・。」

積先生:「それはね、性的な、人間の欲望といいますか、そこには大きなエネルギーが宿っていることを知っているのです、悪魔教は。
神様サイドも、日本の神様方はとりあえず、人間のエロスに対して寛容といいますか、好きですね。
ただ、『魔界のエロス』と『神界のエロス』は違うのです。

私…: 「えっ、違うのでしょうか???」

積先生:「ぜんぜん違うものです。
愛し合ってするエッチと欲望だけでするエッチの違い、みたいなものです。
全然違います。

私…: 「このお話は非常に重要で大事なお話です。それは、つまり人間個人の『精神性に及ぼす影響』はとても、かなり違いますね。」

積先生:「だって、そこを確立しないと、『愛(あい)という波動』が解らないのです。
ほんとうはね、お釈迦様が言われている慈愛とか、キリスト教が言っている愛というものは、『人間が本当にピュア(純粋、混じりけがないといった意味)に愛し合って出す時の波動』に比べて、遙かにレベルが低いのです。
本当に人が愛し合っていたら、愛している人のために死ねるでしょ。

私…: 「はい、愛している人のために死ねます。」

積先生:「それは皆さんが持っているものなのです、実は(じつは)。
だから、『愛は他者を生かす(活かす)』のです。
そうじゃなくて、自分の快楽のために他人を犠牲にするとか、自分だけ生き残ったら別にパートナーが死んでもいいやって、それはすでに愛を逸脱している、ではありませんか。

近代に入って、西欧文明がそうした欲望にいろんな講釈をつけて、ああでもない、こうでもないといって、文学があったり、芸術があったりするのですが、それは『素直じゃない』でしょ。

私…: 「はい、素直ではありません。」

積先生:「本当にピュアに人を愛するというところから、『人間の愛』というのがあります。
その次に『母の愛』があるのです。
(世間では)みんなそれを騙す(だます)ために『母の愛』を先に持ってきています。
子供が生まれる前にエッチをするのでしょう?
【その時に、愛し合っているか?、愛し合っていないか?、ということが、とても重要なものなのです。】

ということを宗教家は禁欲をしてきたので、皆さんに伝えることが出来ませんでした。 それが現行文明の限界なのです。」

私…: 「お釈迦様、イエス様が説かれる“愛”、“博愛”、よりも人が男女がピュアに愛し合う“愛”の方がレベルは上、とことでしょうか?」

積先生:「レベルが上というよりも、『上のものもある』、ということです。

私…: 「皆さん、“博愛”ばかりに焦点がいっています。」

積先生:「だから、その博愛の前に人と人が愛し合って、子供が生まれる、という(プロセス)のがあるでしょ。
それを突き詰めていったら、お釈迦様が子供を踏みつけて出家したというお話しも聞きますが、それを聞いたら、ああ、お釈迦様は子供を愛していなかったのかな?と疑問が残ります。」

私…: 「自分の子供をですね、出家される時に、止める自分の子供を踏みつけて(一説の表現)。」

積先生:「ということは、王子様であった時ね、お妃様であった女性と本当に愛し合って子供を作ったかどうか?ということを考えてみてもいいということです。」

次回へ、おたのしみ