ようこそ

第54回 配信

私…: ※:②生命について-No.4
(収録:2017年11月23日(木)、新潟県糸魚川市、ぬながわひめ神話、最期の瞽女宿(ごぜやど)、秘境パワースポット島道鉱泉で聖別島道鉱泉水を製造するため、行きの北陸高速道路の車中で収録しました。)

私…: 「癌(がん)になってからの寿命はどれくらいでしょうか?」

積先生:「人の年と癌のできた場所によります。余命半年と宣告されても、長生きする人もいますから、わかりません。ただ、今の私が癌ですと言われたら、治療しないと思います。」

私…: 「あのお年になって、癌とは別ですが、糖尿病とかになって、入院されますが、例えば糖尿病の人は、身体の末端が腐ってくるので、病院で手とか足とかを切断されて、寿命を延ばすように治療をされています。
手足を切られるのは、糖尿病だけですか、腎臓の病気などはいかがでしょうか?」

積先生:「免疫疾患はひとつのつながりのもので、糖尿病はほっておくと、腎臓透析をせざるおえなくなります。週に2、3回のペースで腎臓透析して、透析代金だけで1年間で1000万円~2000万円がかかります。」

私…: 「えっ!そんなに治療代がかかるのですか?」

積先生:「そうです。日本人は全部保健だから皆さん気が付いていないけれど、腎臓透析になったら、アメリカのね、普通のご老人はこの病気になったらもう病院に行かないの。 なぜか?お金がないから。払えないからなのです。」

私…: 「アメリカの病気になった老人は家にいて、治療をせずにそのまま亡くなられるのでしょうか?」

積先生:「そうです。そのまま死んで逝かれます。
日本の老人は、いま死にたくないから、最期の最期まで病院にしがみついて死んでいくので、変なお話しだけれど、今の日本の病院の死者、死体は重たいそうです。」

私…: 「重たい・・・ですか?ご遺体がでしょうか?」

積先生:「そう、ご遺体が重たいんですって。だって死ぬ最期まで病院で点滴とか、管に繋がっているでしょう。
あれは実は地獄なんだよ。
『生きて地獄、死んで地獄』と私が言っていることは実は正しいのです。

私…: 「生きている時でも痛い、苦しいで地獄・・・??」

積先生:「だから、前に答えを教えてあげたじゃない。
水が飲めなかったら2週間で死ぬって。
その2週間の脳の中で何が起きるのかって言うとね、『脳内麻薬』が分泌されて、脳はもう『極楽』を創り出してくれるのです。
そして、皆さんに『ありがとうね。』と言って死んで逝くのです。

私…: 「あー、なるほど。その死ぬ前の『脳内麻薬』による『極楽』のイメージがとても大事なのでしょうか?

積先生:「そうなのです。そのイメージする行程が大事なのです。
その行程をしないと、死んだら『地獄』に行くことになります。
だから地獄の苦しみで死んだ人はずーっと地獄に閉ざされることになります。

私…: 「あー、そうだったんですか!なるほど、よく解りました。
ありがとうございます。」

積先生:「それが現在の『生きても地獄、死んでも地獄』と私が昔から皆さんにお伝えしていることの実態です。
現在の医療制度が関係しているのではないか、という仮説です。
が、そうだと思います。私が感じている、昔より、現在の病院の方が幽霊が多いということと関連していると思います。

私…: 「あの、その幽霊たちはずっと病院とかその場所にいるのでしょうか?」

積先生:「そうですよ。だって行く所がないでしょ。今の幽霊さんたちは。」

私…: 「これは大事なよくよく考えなければいけないお話しです。
人間は生きている時間にどれだけ大事な、『たましい』が人間の身体に在る時間が、どれほど大事な時間なのか!ということを自覚して、人生に対処しなければ、死んで地獄に閉ざされるということになる、のでしょう。
私達はよくよく考えて生きなければいけない!

積先生:「だから、私が【人の身体は『たましい』の容器です。】とお伝えしているではありませんか。

私…: 「あーそうです、ずーっと積先生はそう言われていました。」

積先生:「そう考えると理屈に合っているでしょう。」

私…: 「はい、理屈に合っています。ありがとうございます。」

積先生:「何田さんが聞きたかった『生命とは何でしょうか?』という問いに対しての答えは、
【生命とは死に到る容器】、なのです。

私…: 「生命とは死に到る容器、ですか。」

積先生:「今のAI(人工知能)は、現在の人間の発想レベルでは『死なない』と考えているでしょう。
でも、AI(人工知能)はそのうちに『身体が欲しい』と言い出すし、『死にたい』と言い出すでしょう。
知ることが増えれば、その方向に行くのは、間違いない、と思います。」

積先生:「重大なことを教えてあげたのですよ。
AI(人工知能)はやがて『死にたがる日が来る』のです。
だって、AI(人工知能)も死んでみないと『死』というものがわからないでしょう。

私…: 「人は身体に『たましい』が在るから、死後の『たましい』の存続というのは理解できます。
AI(人工知能)というものは自分で考える、からAI(人工知能)であって、AI(人工知能)が死ぬということはその機能を停止するということ・・・。
でも『死』はどのようなものかを知りたいとなれば、・・・。
AI(人工知能)は『死』の向こうを知りたいと願う。」

積先生:「何となく、解ってきたかい?」

私…: 「少し解ってきたような気がします・・・。」

積先生:「私が何が言いたいのか、まだ解ってないと思うけれど。」

私…: 「あの、はい、すみません。まだ解っておりません、です。」

積先生:「うん。あのね、『AI(人工知能)が人の身体が欲しい』というのと、『龍神さんが人に生まれたい』というのは、同じことなのです。
それは、この時空で『永遠になんか生きたくない』という発見に到るということですから。

次回へ、おたのしみ