ようこそ

ましろに そ

少し前に上昇の際お札にある層へのガイドをお願いした。

ビジョンが始まった。

私の脳が勝手につくったものかもしれない。

けれどここに記しておく。

真っ白な世界 何も無い 無音状態の世界。

私の気配はない。外からの観察のようだ。

しばらくして何かの存在を感じる。ある気配が伝わる。

ぼんやり視覚出来る無機質?説明しがたい、はっきりと視覚化できない存在を感じ取る。

物質ではない。 エネルギーは伝わってくると感じた次の瞬間的映像がクローズアップ画面に切り替わる。

謎の存在は視覚化はされており、そして画面いっぱいになり、さらにもっと接近し中心部のビジョンに変わる。

モヤっとした何かが集まって活動が始まる。モノクロ画面でそれらは黒色、灰色がかっている。

白い世界にあった何かの存在の核部分で 小さな渦がうごめいて点を形成。 いや、元々あった小さな点が活動が始まり大きくなるにつれ渦がうごめいてみえたのかわからない。

もっと鮮明にみてたいという気持ちが自分に生じた瞬間ちょうどビジョンが終了。途絶えた。自分のみたビジョンが何だったのかわからない。

衝撃を受けた。何か突き動かされた。

自らと他を分け隔てるものがないモノが存在する世界そこで意思が生まれる瞬間をみた、追体験させてもらったと感じた。キャプションがついてる訳じゃないのに光のベクトルに進む’意思’を見せてもらった気がした。

全て事象に過ぎないと捉える世界観。人の思いや他の不純物が無い世界において唯一あるものは揺るぎない’意思’の存在だった。

あぁ そう言えば…前に近いビジョンを既に見ていた。聖別で光がたまわる瞬間。

昔SBMインストラクター養成講座を受講していた際に聖別の応用でパンをつくった時に酵母に起きた変化だ。その瞬間を脳内で再現する。

光が宿る瞬間の世界の変化。物質でもエネルギーでもない量子が変化成し遂げる様子。

光を示すことだけをすれば意思が発動し備わってるベクトルに向かいちゃんと進んでいく、その姿勢に感動した記憶。

自分の内にあるメモリー、データと共にそれはつながった。 わたしという存在は自らの小宇宙を発展させることと宇宙の進化はイコール、それが否定しようのない事実として浮ぶ。ここでの’わたし’はやまとことばの’わたし’で’I'ではない。わたしはあなたでもある、の’わたし’だ。

自分の小宇宙で一つの体系が現れた。知の体系。そして光の道筋のイメージがきた。(後からシンロジカルシンキングという言葉が浮かんだ。)

過去に私は何度も積さんから "わかろうとするな" と叱責された。私が事象を事象として捉えてはおらず掌握しようとしていた。それはすなわち理(神知)を人の思いで歪曲すること、それが漸く理解できた。 一度"人間ごときが!"とある種の怒りと共に発せられたのと合点がいった。

わたしは かたくなでさかしらだった。どうしようもないくらいに。

いろいろいっぺんに腑に落ちた。