最後の審判は、その日、その時と同義語である。立て替え、立て直しと同義語といってもよい。私は、私の出番は最後だと、あらかじめ知っていた。聖書の次の書を記すという役割があることも知っていた。そこに立ち会うことも知っていた。その上で、神業というものをはじめていた。時が定められていると教えられていたから、耐えられた。
私にとって審判というものは、光への上昇そのものだった。私は、神示により、浄化と上昇の方法を学ばされて、それをくり返すうちに、神界の光の上方に、境界があるのを知った。
審判の層
そういう声が聞こえた。一瞬、私は恐れ、目をあけた。もとに戻っていた。上昇する前の人間ごころのレベルの私がいた。私は審判に耐えうるだろうか。そんな思いとも不安ともつかぬ気分にとらわれた。
私は上昇して、光のなかで考えるのではなく、地上の人間として、人知でこれを考えようとした。なぜか、それが義務だと感じた。私は罪なきものとして生きてきたわけではなかった。私の人生が、審判に耐えうるのか、それをいま受けなければならないのか、そうしたことを考え続けた。
私は、審判を希求して生きてきた。それが結論だった。もし、地上の悲惨に、審判という、最後の判断がくだされないなら、人間はしたい放題、強いもの勝ち、独裁者も、アンチ・キリストの予言者も、何人もその罪が問われることがない。
私は、沖縄で人間霊が放置されているのを上げさせられた。それ以前から、人間界に放置された人間霊が、なぜ、これほど多いのか疑問になっていた。神業の過程で、それらがみなひとつの意志によって、私にわかるかたちで置かれていることに気づいた。かつて、あの世といわれていた人間霊界が、すでに、この世に限りなく近づいていた。あの世とこの世の境界が、薄くなり、やがてひとつの人間界といわれる相に変化することを知った。いままで、宗教にゆだねられていた、死んだ人間の精神世界的なエネルギーの場が、移行してきているのだ。奇妙なかたちで人間霊界とのつながりを持つ人間も増加していた。人間霊がカミと称して、人間にかかっていた。